退職勧奨のコツと成功事例:効果的な戦略の秘訣
退職勧奨について、実際の実例を交えて解説します。
1 退職勧奨とは
退職勧奨とは、会社から特定の従業員に対し、会社を退職するよう、促すことを指します。
経営者あるいは上司から、部下の従業員に対して、軽い感じで「辞めたらどうや」などと言うのも、広い意味では退職勧奨に該当します。
基本的には、退職勧奨は従業員との話し合いによって行われるものであり、従業員が受け入れた場合(会社との間で合意が成立したとき)に、会社と労働者との契約が終了し、従業員が従業員としての地位を喪失することになります。
2 希望退職募集や解雇との違い
退職勧奨は、一般的に、特定の従業員個人に対し行われるものであり、従業員の全部又は一部という範囲を定めて行われる希望退職募集とは異なります。
また、解雇は、会社から特定の従業員に対し行われる点、従業員が従業員としての地位を失うという点で共通します。
しかしながら、解雇は、会社の一方的な意思表示により、従業員が受け入れる、受け入れない関係なく、従業員としての地位を失わせるという点で、合意を必要とする退職勧奨とは異なります(だからこそ「解雇は無効だ」という主張がされやすいことになります。)。
3 退職勧奨をすべき場面
上述のとおり、解雇は、従業員と合意を得る必要はなく、手続さえ踏めば、会社単独の意思表示により従業員の地位を失わせることが可能です。そうだとすると、わざわざ退職勧奨の方法を採って、従業員と合意を得る努力をしなくても、解雇すればいいじゃないか、という意見が出てくると思います。
しかしながら、日本では、「解雇権濫用法理」という考え方があります。これは、解雇事由に該当する事実が発生しても、労働者を解雇するときは、解雇することに、社会通念上相当性が必要とされるものです。労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定しています。
「社会通念上相当」とは、分かりにくい言葉かもしれませんが、会社からすれば、「解雇は相当だ!」と思ったとしても、裁判所から見て、「客観的に合理的な理由」がなければ、解雇は無効となり、解雇期間中の賃金の支払いが命じられる場合が多く見られます。
また、懲戒解雇についても、同様に、従業員の問題行動があり、それが就業規則上の懲戒事由や懲戒解雇事由に該当するとしても、「客観的に合理的な理由」があるか否か、当該懲戒処分について、社会的相当性があるか否かの判断がなされます。労働契約法15条は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と規定しているのです。
さらに、整理解雇についても、①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④解雇手続の妥当性といった要件が要求されます(整理解雇については、別の記事で詳しく解説しています。)。
このように、従業員を解雇する場合、普通解雇、懲戒解雇、整理解雇のいずれにしても、それなりの要件が要求され、後から解雇の有効性について、裁判等で争われることが多いです(従業員が原告として、「地位確認訴訟」という形で争われます。)。なお、退職勧奨による退職の合意も、後から従業員に「無効だ」と争われる事態になる可能性はゼロではないですが、私のアドバイスした内容さえ実践していただければ、そのような事態に発展する可能性は、限りなく避けることができます。
解雇を裁判で争われ、仮に敗訴してしまった場合は、上述のように、解雇後から裁判で争っていた期間中(通常、1~2年以上)の賃金を支払う必要があるうえ、最終的に従業員が会社に復帰する可能性を孕んでいるため、解雇は会社にとってリスクのある選択となります。
地下鉄の従業員が電車の中で痴漢行為をした際に、当該従業員が勤務していた鉄道会社が諭旨解雇をしたケースで、解雇が無効と判断されたり(東京メトロ事件=東京地判平27・12・25)、テレビ・ラジオの放送事業会社のアナウンサーが複数回寝坊し、放送事故を複数回起こしたことを理由に解雇したものの、裁判所が解雇は無効と判断した事例(高知放送事件=最二小判昭52・1・31)など、使用者である会社からすれば、「解雇は当然」と思ったとしても、裁判所としては社会通念上相当とはいえない、と判断し、解雇が無効と判断された例も多くあります。
また、仮に裁判で勝訴し、解雇が正当なものと認められたとしても、従業員の起こした裁判に対応するには、相当のエネルギーを使うほか、時間的な負担も大きいことから、できる限り、対話を通じた解決方法を模索することは、会社にとって、メリットがあることは、私の経験上、間違いないです。
このように、従業員との話し合いを通じた退職勧奨によって、従業員との問題解決を図ることは、「従業員に辞めてもらいたいけど、専門家に相談したところ、『解雇は難しい』と言われてしまった」「解雇することによって発生するリスクを避ける」「紛争のような生産性の低いものに時間やエネルギーを費やさずに早期解決できる」という意味で、大きなメリットがあります。
もちろん、時には、「紛争」を選択せざるを得ないときや、「紛争」覚悟で、会社として断固たる措置をとらなければならないときもありますが、まずは、立ち止まって、対話を通じた解決を模索してみてはいかがでしょうか。
他方で従業員にとってみても、退職勧奨を受け入れることで、ある意味会社と円満な解決をすることができ、そのため次の一歩を前向きに踏み出しやすい、解雇された場合よりも転職がしやすい、通常の退職よりも金銭的なメリットがある場合がある、といったメリットがあります。こういった従業員が受けるメリットについてお話をすると、「あんな奴にメリットがあるのは嫌だからやっぱり解雇だ!」ということをおっしゃる経営者の方も時たまいらっしゃいますが、個人的には、上述の会社の受けるメリットもあることから、そこまで執着することはオススメしません。
以上の考え方に照らして、解雇にしたい、あるいは、やめてもらいたい従業員がいる場合には、その原因にもよりますが、まずは退職勧奨を行ってみることをオススメしています。
他方、対象従業員が、退職勧奨を頑なに受け入れず、それでもどうしてもやめてほしい、という時や、会社内の規律や外聞、従業員との関係等で解雇を選択すべき事案(重大なセクハラや社外で重大な刑事事件を起こした場合など)という時には、解雇を選択することになると思われます。
4 実際に退職勧奨を行った事例
(1)協調性のない従業員
当該従業員は、5年ほど勤務してきましたが、上司や同僚からの指示を無視したり、粗暴な言動を行うなどの問題行動を繰り返してきました。時間、場所、発言内容を具体的に特定でいるものだけで10件程度の問題行動があり、ほかの従業員からも苦言が出てきており、このまま放置すると、職場の士気を下げかねない事案でした。他方で、解雇を有効づけるほどの問題行動とまでは言いにくい事案でした。
そこで、退職勧奨に向けて準備を重ねていきます。
具体的には、当該問題行動を客観的に書き出し、従業員に、「退職勧奨をする理由」として、読み上げつつ、これまでの問題行動リスト、という形で眼前に示します。
通常であれば、勤続年数の関係で退職金が出ないことになるが、退職勧奨を受け入れるのであれば、給与3か月分の退職金を支払う等の条件を提示し、また、退職勧奨を受け入れなかった場合、「何らかの懲戒処分はあり得る」ということも伝えたうえで、従業員本人に考えてもらった結果、本人としても天秤にかけたうえで、退職することを選択し、無事に退職することとなりました。
(2)会社に対し、詐欺・横領をした従業員
会社に対し、従業員が詐欺(架空の書類を作成し、会社から金銭を詐取するなど)、横領(業務上で得たお金を会社に納金せず、自分の懐に入れるなど)といったケースでも、基本的には、退職勧奨を行います。
金額や手口等によっては、懲戒解雇もあり得ると思いますが、懲戒解雇の場合、当該従業員から詐取・横領した金銭を取り戻そうと思ったら、別途民事訴訟を提起し、和解、判決及び強制執行という手段を採る必要があります。
他方で、退職勧奨における退職条件の中に、「乙(※従業員)から甲(※会社)に対し、金●●●万円を、以下の条件で支払う。」など、返金に関する条件を盛り込むことが可能になります。また、従業員が約定どおり金銭を支払った場合には、「刑事告訴をしない」といったことも条件に入れることがあります。なお、苦い思い出ですが、詐欺・横領事案で、実際に刑事告訴をしても、刑事上の詐欺・横領の立証のハードルが非常に高いこととの兼ね合いで、逮捕まではこぎつけても、最終的には不起訴になる、という納得できない結論になったことがあります(日本では、起訴・不起訴の判断は、基本的に検察官の専権事項となっています。)。
さらに、懲戒解雇となった場合は退職金を支給しない、としている会社が多いと思いますが(この点の詳細については、別の記事で解説しています)、そのこととのバランスを取るため、詐欺・横領事案の退職勧奨の場合は、退職条件に、「退職金請求権を放棄する」という条項を入れることが多いです。
このような条件を入れたうえで、「何らかの懲戒処分、それも結構重めなものを避けることができる」等と伝え、退職合意を取り付けたケースは多いです。
(3)業務上のミスが多い、能力不足の従業員
指示されたことを指示されたとおりに実行できない、あるいは、同じ仕事を扱うほかの従業員と比べて著しく能力が低いことから、解雇したい、という相談は非常に多いです。
他方で、能力不足等を理由とする解雇は、一般的にハードルが高いと言われています。たとえば、数字的に見てどうなのか、改善の余地はないのか、適切な指導はしたのか、といった点から、「解雇が適法か」判断されることになります。
そこで、業務上のミスが多い、能力不足の従業員を辞めさせたい場合には、まずは、退職勧奨を行っていくことをオススメしています。
この場合も、(1)と同じように、問題行動を書き出し(この際、可能な限り、5W1Hを意識して書き出すようにしてください。)、また、金銭面での条件を調整したり(よく、「あんな従業員にお金を払いたくない」とおっしゃる経営者の方もいらっしゃいますが、このまま雇用し続けた場合や、解雇で無効となった場合の解決金の額等と比較してもらうようにしています。)して、退職の合意形成を行っています。
(4)経営者の指示に従わない従業員
経営者に反発ばかりする従業員がいることがあると思います。この場合も、いきなり解雇、というのは難しいことから、まずは退職勧奨を行うことをオススメしています。
この場合もこれまでのケースと同様に、問題行動を客観的に把握したうえで、金銭面で条件調整ができないか検討していくことになります。
5 退職勧奨を成功させるコツ
当事務所では、従業員に対する退職勧奨について、高い成功率を誇っています。ここでは退職勧奨を成功させるコツのいくつかをご紹介します。
(1)詳細なシナリオを準備する
退職勧奨は、準備が非常に重要です。私の場合、会社側と、何日の何時に退職勧奨を行うのか、どのような理由で本人を呼び出すのか、退職勧奨の中で話す内容をあらかじめ決めて台本を作っておき、また、いつ、どのような資料を差し出すのかまで細かく決めておきます。さらに、本人がその場で退職を承諾したらどうするか、又は「持ち帰らせて検討させてほしい」と言ったらどう対応するのか、その日は業務に戻らせるのか、それとも退社を促すのか、はたまた、自宅待機を命じて強制的に帰らせるのか、事案に応じてきっちり決めておく必要があります。
適切な準備の仕方については、詳細にレクチャーさせていただきますので、お気軽にお問い合わせください。
(2)退職勧奨の条件の策定
退職勧奨を行う際には、最終的にどのような退職条件を提示するのかがもっとも重要です。
以下に、退職合意書に盛り込む主な内容を記載しておきます。
退職日 |
具体的な退職日を決めておきます。給与支払日や有給残日数等との兼ね合い等を勘案して退職日を決定していきます。 |
自己都合か、 会社都合か |
会社都合にした場合、失業保険の給付期間等で、従業員側に、メリットがあることから、従業員が退職勧奨を受け入れやすくなります。他方、会社側には助成金との関係で、会社都合退職にすることによって、助成金を受けられないといったケースがあるので、そういったデメリットがないか確認し、その他事案の詳細も勘案したうえで、会社都合にするか、自己都合にするかを決めていくことになります。 |
名刺、鍵、社員証、 保険証等の返還 |
退職勧奨が受け入れられ、従業員との退職合意が成立した場合、従業員は従業員としての地位を失うため、これらの物品の返還を約束させておく必要があります。 |
解決金の支払い |
従業員が横領したような場合、従業員から金銭の支払い・返還を約束させます。また、会社から給与の数ヶ月分を退職条件として提示することがあります。このような解決金の支払いを条件に入れる場合、支払期日、支払条件、支払方法等について、決定しておく必要があります。会社からの金銭の支払いを検討する場合に、よく、「あんな従業員にお金を払いたくない」とおっしゃる経営者の方もいらっしゃいますが、このまま雇用し続けた場合や、解雇で無効となった場合の解決金の額等と比較してもらうようにしています。さらに、解決金について、源泉徴収が必要かどうかも注意が必要です(合意書上の金額から源泉徴収した低い金額を支払った場合、トラブルに発展します。)。 |
連帯保証人に 関する条項 |
従業員が横領したことから会社を退職し、さらに横領した金銭の支払いを約束させる場合、従業員の親族等を連帯保証人に入れることを会社から求めることがあります。この場合、連帯保証の条項を入れることになります。なお、民法改正により、連帯保証の金額の上限(極度額)を定めることが義務づけられたほか、主債務者(従業員)から連帯保証人に主債務者の財産状況等を情報提供することも義務づけられましたので、注意してください。 |
秘密保持 |
従業員が退職する場合、入社時誓約書等で秘密保持について誓約していても、再度、退職合意書の中で秘密保持の誓約をさせることが多いです。 |
退職金請求権の放棄 |
詐欺・横領等、懲戒解雇も視野に入るような事案の場合、退職合意書の中で退職金請求権を放棄させることがあります。 |
虚偽説明の禁止 |
転職活動等の際に、会社を辞めた理由について、虚偽の説明(例:パワハラを受けた、等)をすることを禁止する条項を入れることがあります。 |
競業避止 |
同一地域同種の事業を行う会社に就職することを禁止する条項を入れることがあります(競業避止の有効性については、別の記事も参考にしてください。) |
清算条項 |
退職合意書の内容以外に、債権債務がないことを確認し、紛争の蒸し返しを防ぐための条項です。 |
(3)NLPの考え方
私(虎ノ門法律経済事務所和歌山支店代表弁護士野上晶平)は、NLP(Neuro Linguistic Programming(神経言語プログラミング)の略称)プラクティショナー、マスタープラクティショナーの資格を持っており、これらの考え方を普段の弁護士の仕事に取り組んでいます。
例えば、VAK(その人ごとの視覚:Visual、聴覚:Auditory、身体感覚:Kinestheticの優位性を理解する)、ポジションチェンジ(自分の視点だけでなく、相手や第三者の視点でも物事をとらえる)、LABプロファイル(言葉と行動《Language And Behavior》からカテゴリーを分けて分析し推論する)などです。
従業員の勤続年数、仕事内容、性格等を会社から聞き取ったうえで、従業員がどのような反応を示すかを予測し、また、退職勧奨の際にどのような言葉を使えば、あるいは、どのような資料を用いれば、当該従業員が退職に応じやすくなるかなどを検討したうえで、シナリオを作成しています。
6 注意点
退職勧奨を行い、従業員が断った直後に解雇を行った場合、解雇が無効になりやすい、という説明を受けたとおっしゃる方がたまにいらっしゃいますが、それは間違いです。退職勧奨後に解雇を行ったからといって、解雇が無効になりやすい、ということは基本的にはありません。実際、退職勧奨の中で、従業員から「断ったらクビですか」と聞かれた際に、「解雇かどうかは別として、何かしらの懲戒処分はあり得る」等と説明することはよくあります。
他方で、退職勧奨を断った直後に、当該従業員について人事異動を行った場合、当該人事異動は無効と判断されやすいので、注意が必要です(人事異動については、こちらの記事《作成中ですもうしばらくお待ちください。》を参考にしてください。)。
また、退職勧奨の中で、退職を強要するような文言を使ったり、従業員が受け入れるまで長時間拘束し続けたような場合、退職の合意が無効になったり、パワハラを理由とする損害賠償請求をされる可能性があるので、十分注意してください。
さらに、「退職勧奨を受け入れなかったら解雇する」といった発言も、退職合意を無効にする可能性があるので、上述したように、発言するとしても「解雇かどうかは別として、何かしらの懲戒処分はあり得る」ぐらいの発言にとどめるべきです。
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