退職前と退職後の競業避止:裁判例から学ぶ異なる対応方法

1 役員、従業員の競業避止について

競業避止義務とは、「使用者と競合する企業に就職し又は自ら共同事業を営まない義務」のことをいいます(髙部眞規子「実務詳説 不正競争訴訟」(金融財政事情研究会、2020年)340頁)。

たとえば、在任中の役員あるいは在職中の従業員が、ほかの従業員の勧誘や引き抜きを行うことや、同種事業を行う会社を立ち上げることは、競業避止義務に違反する行為ということになります。

従業員が、競業避止義務に違反した場合、会社としては、懲戒処分や損害賠償を検討していくことになります。そこで、以下では、在職中と退職後に分けて、それぞれ参考となる裁判例を見ていきたいと思います。

2 在任中又は在職中の場合の義務違反の場合

会社と従業員は、労働契約を締結し、会社は従業員に賃金を支払い、従業員は労務を提供することになるわけですが、この労働契約において、労働者は単に労務を提供すれば良いというものではなく、労働契約法34項に、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」と規定されていることから、労働者は、誠実に業務を提供する義務を負っていることになります。これを、従業員の忠実義務・誠実義務と呼びます。

そして、一般に、この忠実義務・誠実義務を負っていることから、従業員が、在職中にもかかわらず、競業行為を行って使用者に損害を与えることは、忠実義務違反・誠実義務違反に該当することになります。

これは、役員の在任中の場合でも話は同じです。役員の場合、労働者と異なり、会社との労働契約ではなく、会社との委任契約になりますが、委任契約の中身として、同じく忠実義務・誠実義務が課せられていると考えることができます。

そのため、従業員の在職中に行われた競業行為については、就業規則の定めや、誓約書等がなくても、在職中の競業避止義務を認められています。 

たとえば、福屋不動産販売事件(大阪地判令286)では、従業員7人を同業他社に引き連れて転職しようとしたとして、懲戒解雇された本部長らが地位確認等を求めた事案において、大阪地裁は、単なる転職の勧誘にとどまらず、社会的相当性を欠く態様で行われた引き抜き行為で、懲戒解雇を相当と判断しました。

実際に、この本部長は、引き抜こうとした従業員らに対し、給料の上乗せや、300万円の支度金を提示して転職の勧誘を繰り返していました。しかも、本部長が声掛けしていた従業員らは、いずれも成績優秀な営業であり、会社の経営に与える影響は大きいと判断されています。

ほかにも、ラクソン等事件(東京地判平3225)では、英会話教室(レキシントン)の運営を手がける会社(甲社)において、取締役営業本部長(従業員A)が、部下29名を引き抜き、同業他社(乙社)に転職したことについて、会社が従業員Aと乙社に対し、損害賠償を請求しました。

裁判所は、従業員Aによる他の従業員の引き抜き行為について、「…単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、したがって、右転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても、右行為を直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできない」と判示しつつ、「しかしながら、その場合でも、退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり…これをしないばかりか会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く等、その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」としました。

また、「社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」と判示し、問題の従業員Aの引き抜き行為について、以下のように判断しました。

Aは、甲社の営業において中心的な役割を果たしていた幹部従業員で、しかも本件引き抜き行為の直前まで甲社の取締役であったうえ、配下のA組織とともに甲社が社運をかけたレキシントンの企画を一切任されていたのであるから、AとともにA組織が一斉に退職すれば、甲社の…運営に重大な支障を生ずることは明らかで、しかもAはこれを熟知する立場にあったにもかかわらず、Aは本件引き抜き行為に及んだうえ、その方法も、まず個別的にマネージャーらに移籍を説得したうえ、このマネージャーらとともに、甲社に知られないように内密に本件セールスマンら…が移籍を決意する以前から移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ右営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備した後、…甲社への退職届けを郵送させたというものであり、その態様は計画的かつ極めて背信的であったといわねばならない。…Aの本件セールスマンらに対する右移籍の説得は、もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為であり、不法行為に該当すると評価せざるを得ない。したがって、Aは、甲社との雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引抜行為によって甲社が被った損害を賠償する義務を負う。


また、従業員Aの転職先である乙社についても、

ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として右引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるものというべきである。…乙社の行為は単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した引抜行為であるといわざるを得ない。したがって、乙社は、甲社と本件セールスマンらとの契約上の債権を侵害したものとして、Aと共同して本件引抜行為によって甲社が被った損害を賠償する責任がある


として、乙社に対する損害賠償請求も認めました。

このように、在職中の幹部従業員が、単なる転職の勧誘の域を越えて社会的相当性を逸脱して極めて背信的方法で引抜きが行われた場合は、雇用契約上の誠実義務違反として債務不履行ないし不法行為の責任を負うということになります。

しかしながら、いくら損害賠償請求が認められても、会社としては、優秀な人材を多数失ってしまった場合、その損失はお金には変えがたいものです。会社としては、普段から、従業員による引き抜き行為が発生しないように、工夫をしておくことが大切です。

3 退任後又は退職後の義務違反の場合

他方で、従業員が退職後に行った競業避止義務違反については、色々と難しい部分があります。まず、従業員がすでに退職している場合すなわち会社との労働契約が終了している場合、労働契約から発生する忠実義務・誠実義務違反、という構成は使えなくなります。

そこで、そもそも、退職した従業員に、競業避止義務を負わせることができるのか、という段階から検討する必要があります。

この場合、従業員の入社時や退職時に、退職後も競業避止義務を負う旨の誓約書等が必要となります。これがないと、そもそも、退職した従業員に、競業避止義務がある、という主張自体が難しくなります(もちろん、あまりにも社会的相当性を欠く態様であれば、民法上の不法行為責任が発生する可能性はありますが、ハードルは高いと考えた方が良いです。)。

さらに、そのような誓約書があれば、無制限に退職者の競業避止義務が認められるわけではなく、退職者に対する競業避止特約は、退職者の職業選択の自由、営業の自由(もっといえば、生計のための糧を得る手段の選択の自由)との関係で、仮に書面化されていても、その効力については無効とされたり、限定的と解されています。そうした競業避止特約については、退職後、同業他社に就職したり、同業他社を開業したりする場合に、退職金の減額・没収、損害賠償請求、競業行為の差止め請求の可否との関連で問題となることが多いです。

レジェンド元従業員事件(福岡高判令2・1111)では、レジェンド社(X社)の従業員(保険営業マン)であったYが、同業他社へ転職後、自分が過去に担当していたX社の顧客に対し営業活動を行ったことに対し、X社が損害賠償を請求した事件です。

さて、YはすでにX社を退職しているので、X社との労働契約は終了しているため、YがX社に対し、忠実義務・誠実義務を負っている、という主張はできません(お世話になった会社に対し、何の恩義も感じないのは、不届き至極だ、という声があるかもしれませんが。)。

では、YがX社に対し、競業避止義務を負っているといえるかどうかですが、Yは、X社を退職する前に、機密保持誓約書(以下「本件誓約書」)に署名押印し、X社に提出していました。この本件誓約書には「退職後、同業他社に就職した場合、又は同業他社を起業した場合に、X社の顧客に対して営業活動をしたり、X社の取引を代替したりしないことを約束します」(以下「本件競業避止特約」)と規定されていました。

X社は、Yが本件誓約書に基づく競業避止義務に違反したことを理由に、損害賠償を請求したのです。

本件誓約書があれば、競業避止義務が認められ、それに違反したのであれば、損害賠償も認められそうなものですが、裁判所(福岡高裁)は、以下のように述べて、全てのX社の顧客に対して営業活動を行うことを禁止されていないと判断しました。

本件競業避止特約は、YがX社を退職した後、同業他社に就職し、又は同業他社を起業した場合に、X社の顧客に営業活動をしない義務を無制限でYに課すもので…労働者の営業の自由を制限するものである。…労働者と使用者との間で合意が成立していたとしても、その合意どおりの義務を労働者が負うと直ちに認めることはできず、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度、使用者の利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情を考慮し、競業避止義務に関する合意が公序良俗に反して無効であると解される場合や、合意の内容を制限的に解釈して初めて有効と解される場合がある。…本件競業避止特約は、Yが同業他社に就職することや同業の会社を起業すること自体は禁じていない。しかし、…Y既存顧客は多数にのぼっており、…顧客の獲得はYが行っており、Y既存顧客からの収益についてはYの貢献が大きかったということができる。そして、本件競業避止特約は、…YがY既存顧客に対しても営業活動を行わない義務を課す内容であり、…Yが受ける不利益は極めて大きい…Yが本件競業避止特約に基づく競業避止義務を負うことについて、X社がYに対して金銭の交付等の代償措置を講じたとは認められない。また、…YがX社に在職中に受領した賃金や報酬が、…実質的な代償措置であると認めることもできない。…本件競業避止特約により、Yが、X社退職後に、Y既存顧客を含む全てのX社の顧客に対して営業活動を行うことを禁止されたと解することは、公序良俗に反するものであって認められない。そして、本件競業避止特約の内容を限定的に解釈することにより、その限度では公序良俗に反しないものとして有効となると解する余地があるとしても、少なくとも、YがY既存顧客に対して行う営業活動のうち、当該顧客から引き合いを受けて行った営業活動であって、YからY既存顧客に連絡を取って勧誘をしたとは認められないものについては、本件競業避止特約に基づく競業避止義務の対象に含まれないと解するのが相当である。


他にも、関東工業事件(東京地判平24・3・13)では、廃プラスチックのリサイクルを業とする会社(原告)において、就業規則に、「社員は、退職後も会社、顧客及び取引先等の機密事項及び業務上知り得た情報、ノウハウ等を他に洩らしてはならない旨、会社の機密(営業ノウハウ、顧客情報等を含む。)に関わった社員は、退職後3年間はその機密を利用して、同業他社に転職し、又は同業種の事業を営んではならない」という規定があったにもかかわらず、同社を退職した従業員(被告)らが、同じく廃プラスチックのリサイクルを業としている他の会社の取締役等に就任したことから、競業避止義務違反を理由に損害賠償を請求した事案において、裁判所は以下の様に判断し、就業規則の規定を無効とし、同規定に基づく損害賠償請求を認めませんでした。

就業規則の競業避止条項や合意による競業避止特約が有効と認められるためには、…競業禁止の内容が必要最小限度に止まっており、かつ、十分な代償措置が施されることが必要であると解される。…原告は、被告らに対し、何らの代償措置も講じていないのであるから、上記競業避止条項ないし特約は、民法90条により無効と認めざるを得ない。

※民法90条:公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

上記2つの裁判例に限らず、退職者に対する競業避止特約は、退職者の職業選択の自由、営業の自由との関係で、仮に「誓約書」や「就業規則」として書面化されていても、その効力については無効とされたり、限定的と解されたりすることが多いです。

そこで、私なりに、退職者に対する競業避止特約が認められるための要件を整理しました。

 ① 使用者の正当な利益を保護することを目的とすること
 ② 労働者の退職前の地位が相当なものであること
 ③ 競業制限の範囲(対象職種・期間・地域)が相当なものであること
 ④ 代償措置がなされていること


もっとも、これら全てを満たしていないと、有効にならない、というわけではありません。実際に、代償措置がない競業避止特約について違反成立を認めた裁判例(ケプナー・トリゴー日本事件=東京地判平6929)や、代償が不十分でも有効と認めた裁判例(ヤマダ電機事件=東京地判平19・4・24)も存在しています。

退職後の競業避止義務については、そもそも特約がないと発生しない、特約があったとしても、全て有効と判断されるわけではなく、上記の各事情を意識して定める必要があることを認識しておいてください。

4 まとめ

以上、見てきたように、役員や従業員の競業行為について、損害賠償を検討する場合、まずは、在籍中の行為であるか否かを確認する必要があります。在籍中の行為であれば、労働契約に基づく忠実義務・誠実義務違反を理由とする債務不履行責任を問うことができます。他方で、すでに退職していた場合は、上記債務不履行責任を問うことはできないため、競業避止に関する特約があるか否か、仮にあったとしても、当該特約が有効か否か判断される必要があります。

さいごに、実際に、雇用契約期間中に行われたか否かが、会社と元労働者との間で非常に重要な争点となる例をお示ししたいと思います。

スタッフメイト南九州・アンドワーク事件(宮崎地都城支判令3416)では、原告会社が「被告Yは、平成30831日に、原告を退職しており、本件で問題となっている被告Yによる引き抜き行為は、被告Yが原告に対して雇用契約上の誠実義務を負っている期間に行われたものである」と主張したのに対し、元労働者が「被告Yは、平成30613日に退職届が受理され、その後は、引継業務のみを行っていたので、同日時点で実質的に原告を退職している。そして、被告Yは、引継業務を終え、同年7月末をもって原告で勤務しておらず、しかも、有給休暇の消化にて対応してもらう予定であった同年8月分の給与の支払を受けていないので、同年7月末で退職は完全に完了している」と主張し、被告Yの引き抜き行為が、被告Yの雇用契約期間中に行われたか否かが重要な争点となりました。

裁判所は、「まず、被告Yが原告に対して雇用契約に付随する誠実義務を負うのは、原告会社を退職する日までと解されるところ、①被告Yが原告会社に提出した平成30613日付け退職届によると、退職日が同年831日となっていること、②被告Yが作成した有給休暇取得のための勤怠届出書にも、退職予定日が平成30831日となっていること、③被告Yは、平成3083日までは原告に出勤し、その後は有給休暇を取得していることなどの事情に照らせば、被告Yの退職日は、平成30831日と認められる。他方、被告Yは、有給休暇を取得した平成308月分の給与の支払を受けていないものの、このことと退職日は別の問題であることから、かかる事情は、退職日の結論を左右するものではない」として、会社と元労働者との雇用契約期間中に、引き抜き行為があったと認定し、その結果、損害賠償請求を一部認めました。

なお、会社側の代理人弁護士に話を聞いたところ、本件訴訟において、「仮に引き抜き行為が雇用契約終了後に行われたとしても…」という主張は行わなかったそうです。

やはり、競業避止義務違反に基づく損害賠償請求事案では、競業避止義務違反行為が雇用期間中に行われたか否かが重要な争点になってくるという事例としてご紹介しました。

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