懲戒解雇と退職金、知っておくべき法的知識

はじめに

企業において、退職金制度は従業員のモチベーションを高める重要な要素となっています。しかし、退職金の支給に関するトラブルは少なくなく、特に、懲戒解雇と退職金の関係については、多くの経営者が頭を悩ませる問題となっています。本コラムでは、退職金制度の基本から、懲戒解雇時の退職金取扱い、さらには具体的な裁判例や予防策まで、経営者が知っておくべき法的知識をわかりやすく解説します。

退職金の制度の基本

退職金とは、企業が従業員の退職時に支給する一時金のことです。退職金制度を設けるか否かは法律で義務付けられているものではなく、企業の自由になっています。

ただし、一度退職金制度を設けた場合、それは労働条件の一部となるため、労働者の不利益になるような一方的な変更は難しくなります。そのため、退職金制度を導入する際は、将来の経営状況の変化も見据えて慎重に検討する必要があります。

退職金の法的性格

退職金には、主に以下の3つの性格があります。

  1. 賃金の後払い的性格:在職中の労働の対価の一部を退職時にまとめて支払うという性格
  2. 功労報償的性格:長年の勤務に対する報償金としての性格
  3. 生活保障的性格:退職後の生活を支援するという性格

これらの性格は、退職金の支給または不支給を判断する際の重要な要素となります。例えば、賃金の後払い的性格が強い場合、不支給や減額は認められにくくなる可能性があります。一方で、功労報償的性格が強い場合、従業員の非違行為の内容によっては不支給や減額が認められやすくなる可能性があります。

退職金制度の設定方法

退職金制度は、通常、就業規則や退職金規定で定めることが一般的ですが、労働契約や労働協約で定める方法もあります。退職金制度の規程に退職金の不支給・減額の条件や運用方法を明確にすることで、退職金トラブルのリスクを軽減できる可能性があります。ただし、後述するように退職金規定に不支給等の規程を設けていたとしても認められない場合があるため、注意が必要です。

そのため、就業規則の作成(退職金規程の作成)・見直し時や、実際に非違行為を行った従業員への退職金支給の判断を行う際に、当事務所にご相談いただくことで、退職金トラブル等の法的リスクを最小限に抑えることが可能です。

懲戒解雇と退職金の関係

懲戒解雇は、労働者の重大な非違行為に対して行われる最も厳しい処分です。この場合、退職金はどのように扱われるのでしょうか。

懲戒解雇時の退職金取扱い

懲戒解雇の場合、多くの企業では就業規則等に「退職金を支給しない」旨の規定を設けています。しかし、このような規定があるからといって、必ずしも退職金の全額不支給が認められるわけではありません。

 

裁判所は、退職金の不支給や減額の可否を判断する際、以下の点を慎重に考慮します。

  1. 当該労働者の過去の功績や勤続年数
  2. 当該労働者の非違行為の内容
  3. 会社が被った損害の程度

これらの要素を総合的に勘案し、退職金の全部または一部を不支給とすることが、社会通念上相当と認められるかどうかを判断します。

退職金不支給・減額の法的根拠

退職金の不支給や減額は、一見すると労働基準法第24条第1項の賃金全額払の原則に反するように思えるかもしれません。しかし、退職金は通常の賃金とは異なり、その支給要件や金額が就業規則等で定められている場合に限り請求権が発生すると考えられています。

 

そのため、就業規則等で適切に定められた退職金の不支給・減額規定は、原則として有効とされます。ただし、その適用については、上記の要素を考慮した上で、個別具体的に判断されることになります。

裁判例から学ぶ退職金トラブル

従業員による横領は、懲戒解雇の典型的な事由の一つです。ここでは、まず、退職金に関する重要な裁判例を確認し、次に横領による解雇のケースを通じて、退職金トラブルについて考えてみましょう。

退職金全額不支給の規定があるにも関わらず不支給が認められなかった裁判例

就業規則に退職金を全額不支給とする条項が定められている場合でも、裁判所は必ずしも全額不支給を認めるわけではありません。

 

例えば、日本高圧瓦斯工業事件(大阪地判昭和59725日《控訴審:大阪高判昭和591129日》)は、就業規則に「会社は、従業員が円満なる手続により退職するとき…退職金を支給する。」「従業員が退職を希望するときは…退職願を提出し、会社の承認を受けなければならない。」「退職したときは直ちに業務の引継をなす。」と規定していたことを理由に、退職願を出さず、会社に退職の承認も受けず、引継をしなかった従業員の退職金を不支給とした事案では、裁判所は「退職に際し…右のような行為があつたとしても、その行為は、責められるべきものであるけれども、末だもつて労働者である被控訴人らの永年勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為に該当するものと解することができない」と判示し、退職金の支払いを命じました。

非違行為の内容と過去の功労から退職金の一部の支払いを命じた裁判例

一方で、退職金の全額不支給は認めないものの、本来の退職金の一部(例えば3割や6割)のみの支払いを命じた判例も多く存在します。例えば、小田急電鉄事件(東京高判平成151211日)では、以下の事情から、非違行為が過去の功労を完全に抹消するほどではないとして、退職金の3割を支給するのが相当であるとされました。

  • 痴漢撲滅に取り組む鉄道会社従業員であるにも関わらず、痴漢行為を行った。
  • 過去3度の検挙歴があり。本件行為の半年前も逮捕され罰金刑(いずれも痴漢行為)となった。
  • 罰金刑となった際、昇給停止・降職処分で済んだにも関わらず、再犯した。
    (寛大な処分を願う始末書を提出し、同じような不祥事を起こした場合は、いかなる処分にも従うと誓約)
  • 懲戒解雇または懲戒解雇相当行為での退職時は原則退職金不支給の規定があった。
  • 退職金は給与・勤続年数基準の明確な規定があり、賃金後払い的性質が強い
  • 20年以上の勤務で非常に真面目な態度だった。
  • 旅行業取扱主任資格取得など、職務能力向上の努力をしていた。
  • 痴漢行為は会社業務と無関係の私生活上の行為だった。
  • 社外への報道なく、会社の社会的評価・信用低下は実際には生じていない

これらの事情を見ると、「退職金を全額に不支給にしたいほど悪質な非違行為だ」と感じた方もいらっしゃるのでは無いでしょうか。

それほど、退職金の全額不支給が認められる「労働者の過去の功労をすべて抹消するほど重大な非違行為」とされるには高いハードルがあるのです。

横領発覚前に退職した従業員の退職金に関する裁判例

さらに複雑なケースとして、横領が発覚する前に従業員が退職届を出し、退職済みの場合を考えてみましょう。

 

高蔵工業退職金等請求事件(名古屋地判昭和5968日)では、「退職金規定に懲戒解雇者に対する退職金不支給の規定がある場合において、退職後に懲戒解雇相当事由の存在が判明した場合、…退職金請求権の行使が権利の濫用に該当するか否かについて考えるに、…従業員が使用者に対し退職の申出(解約の申入れ)をしたときは、…雇傭契約は当然終了し、その後に…懲戒解雇処分をすることは法的に不可能であること、従業員が在職中に永年の勤続の功を抹殺してしまう程の重大な背信行為(例えば、多額の横領)をしておきながら、これを秘して…自己都合による退職をしたとして退職金請求権を行使することを容認するとすれば、懲戒解雇者の場合と著しく均衡を失し、…当該退職者の退職金請求権の行使は権利の濫用に該当し、許されないものと解するのが相当である。」として、退職後の労働者に、退職金不支給を相当とするような事由が発覚した場合には、退職者は退職金を請求権を請求できないと判断されました。

退職金規定がない場合の裁判例

退職金規定(退職金支払いの合意)は存在するものの、不支給・減額の条項が定められていなかった場合はどうでしょうか。この場合、一見すると会社側に不利なように思えますが、必ずしもそうとは限りません。

 

アイビ・プロテック事件(東京地判平成121218日)は、会社の就業規則に退職金支給に関する規程が無く、そのため、退職金を不支給とする規程も無かった事案です。この事案では、従業員が退職する際の協議の結果、退職金を支払う内容の覚書を締結していました。

しかし、退職後に会社の顧客データを消去したり競合他社に移動したりしていたことが判明したため、会社は、詐欺を理由とする退職金支払いの契約を取り消したところ、従業員が退職金の支払いを求めて訴訟を提起しました。

 

この労働者の退職金請求権に関して裁判所は、「労働者の退職金請求権の行使がいかなる場合に権利の濫用に当たるかについては,個別の事案に沿って判断せざるを得ないが,…在職中背信的な行状等があった場合には,その行状の背信性の程度次第で,退職金請求権を行使することが権利の濫用に当たる場合があるというべきである。…たまたま…退職後に右行状等を知ったとか,…右行状等を秘したまま自主退職したなどというにすぎないのに,当該労働者が退職金の支給を受けられるというのは,退職前に右行状が判明していた場合との均衡を著しく失するというべきだからである。退職金支払請求権は,個別の労働契約上退職金の支給に関する合意がある場合…等に発生するところ,…合意に至る経緯,…合意をするに至った動機等の事情次第では,当該労働者の行状等の背信性にかんがみ,退職金請求権を行使することが不当であると解される場合があり得る…

これを本件についてみるに,…原告の行為は,懲戒解雇事由に該当ないし匹敵するものであり,かつ,その背信性は重大であると認められる。…これらの行為は右合意の趣旨を無に帰せしめる性質を有するものであったというべきであり,…本件退職金請求は権利の濫用に当たると解するのが相当である」として退職金の不支給を認めました。

 

このように、労働者側の背信性が極めて高い特殊な事情がある場合には、退職金不支給の規程すら無かったとしても労働者が退職金を請求することが権利濫用に該当するとして、労働者からの退職金請求が棄却される可能性があるのです。

 

ただし、このような判断はあくまで例外的なものであり、多くの場合は退職金の支給を避けることは難しいでしょう。そのため、会社としては退職金規定を適切に整備し、非違行為に対する調査期間を設けるなどの対策を講じておくことが重要です。

最新の裁判例に見る退職金トラブルの傾向

続いて、令和に入ってからの重要な裁判例を6つ紹介します。

保険業法違反でも退職金の一部支給を認めた裁判例

マニュライフ生命保険事件(東京地判令和61022日)では、保険営業職員が名義借契約(保険業法違反)を理由に懲戒解雇され、退職金約1000万円全額を不支給とされたことに対して、労働者側が退職金等の支払いを求めた事案です。

裁判所は、生命保険契約における名義借契約は、保険業法第307条第1項第3号の「保険募集に関し著しく不適当な行為」にあたり、会社側も関東財務局に不祥事件として届出をするなど社会的に厳しい評価がされていること、名義借契約を行った場合には、解雇ないし懲戒解雇になる旨を説明していたこと等から、懲戒解雇自体は有効と認めましたが、退職金の不支給については、以下の点を考慮しました。

  • 懲戒歴がなかったこと
  • 名義借契約の悪質性は高いが、件数は1件のみだったこと

これらの事情を総合考慮した結果、裁判所は「それまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があるものと言わざるを得ない」としつつも、「それまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできない」と判断し、退職金の3割を支給すべきとしました。

このように、違法行為の悪質性が高くても、件数や懲戒歴の有無などが考慮され、退職金の全額不支給が認められない場合があります。

情報漏えいで退職金全額不支給を認めた裁判例

みずほ銀行事件(東京高判令和3224日)は、銀行員が対外秘の行内通達等を無断で多数持ち出し、出版社等に漏えいしたことを理由に懲戒解雇され、退職金約1223万円全額を不支給とされたことに対して、労働者側が退職金等の支払い(退職金等の請求は予備的請求で、主位的請求は地位確認《解雇無効》)を求めた事案です。一審は懲戒解雇は有効としつつも、退職金の3割支給を命じましたが、控訴審(高裁)は3割支給をも覆し、全額不支給を認めました。

控訴審の判断で特に注目すべき点は以下のとおりです。

  • 反復・継続的に持ち出し・漏えいしていたこと
  • 持ち出した情報には、厳格な管理を要する情報が含まれていたこと
  • 漏えいした情報が雑誌やSNSに掲載され、現実的な被害が発生していたこと
  • 金融業・銀行業にとって、情報の厳格な管理は企業の信用を維持する上での最重要事項の一つであること

裁判所は、「金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって、永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確」と判断しました。

また、この判決では従来の「勤続の功を抹消するほどの背信行為」という基準について、「勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である」と批判的な見解を示しつつ、その一方で、業種の特性と非違行為の関連性が強い場合には、例外的に続の功績と非違行為の重大さを比較することが可能性があることを示した重要な裁判例です。

転職前のデータ持ち出しで退職金全額不支給を認めた裁判例

スカイコート事件(東京地判令和5524日)は、経理部長代理が転職のために会社の経理財務データを私物のUSBメモリに複製して持ち帰ったことを理由に懲戒解雇され、退職金を不支給とされたことに対して、労働者側が退職金等の支払いを求めた事案です。

労働者は、退職の意思表示をした日に、社内サーバに保存されていた経理財務フォルダのデータを私物のUSBメモリに複製して持ち帰りました。上司から問われた際、当初はUSBメモリを駅のごみ箱に捨てたと虚偽の説明をしましたが、後日これを撤回しました。

裁判所は、以下の懲戒事由に該当する行為は、これまでの功労報償を完全に減殺する悪質な行為であり、退職金規定に基づき退職金を請求することはできないと判示しました。

  • 持ち出したデータには、取引先の情報、顧客の情報、個別の取引に関する情報、財務状況に関する情報が含まれており、「会社の重大な機密」に該当すること
  • 転職先で利用する目的があったと認められること
  • 外部に開示されると、仕入れ原価をもとに価格交渉をされる等の問題が生じる「会社の重大な機密」を社外に漏らしたこと
  • 意図的に嘘の説明を行い、会社の懲戒事由に関する調査を混乱させたこと
  • メールを削除するなどして、行為が発覚しないように証拠隠滅を行っていること

また、この判決文で裁判所が就業規則上の秘密保持義務について考える際に重要な点をあげているので紹介します。

不正競争防止法の営業秘密については刑事罰も含めた規制がされているため、その範囲は限定的に解すべきであるのに対し、従業員が就業規則により又は雇用契約上の付随義務として負っている秘密保持義務の対象となる秘密に関しては、そこまで限定的に解する必要はない

つまり、刑事罰の対象となる「営業秘密」(不正競争防止法)と、懲戒処分の対象となる「秘密」(就業規則)の2つのレベルがあり、法律違反にはならなくても、就業規則違反として懲戒できる範囲があるということを示しています。

  1. 刑事罰の対象となる「営業秘密」(不正競争防止法)
    → 刑罰を科すため、厳格に限定的に判断する必要がある
  2. 懲戒処分の対象となる「秘密」(就業規則)
    → 会社内の規律の問題なので、より広く柔軟に判断できる

次の3件は公務員の事案ではありますが、非違行為の悪質性・不誠実性の判断基準として民間企業にも参考になる最高裁判決です。

飲酒運転で退職手当全額不支給を認めた最高裁判決

最高裁令和5年6月27日第三小法廷判決は、教員が酒気帯び運転で懲戒免職された事案です。原審は退職手当の一部支給を認めましたが、最高裁はこれを覆し、全額不支給を認めました。

宮城県の公立学校教員が、同僚の歓迎会に参加し、約4時間にわたりビールや日本酒を飲んだ直後に自家用車を運転し、約100m走行後に丁字路交差点で物損事故を起こしました。呼気1Lにつき0.35mgのアルコールが検出され、道路交通法違反(酒気帯び運転)で現行犯逮捕されました。本件は氏名・職業を含めて報道され、学校は全校集会や保護者会を開くなどの対応を余儀なくされました。

県教委は、約30年勤続し懲戒処分歴のなかった教員に対し、懲戒免職処分を行うとともに、退職手当約1724万円を全額不支給としました。

原審は懲戒免職処分は有効としつつも、以下の理由から退職手当の全額不支給は裁量権の範囲を逸脱していると判断し、退職手当の3割に相当する額を支給すべきとしました。

  • 非違行為の内容及び程度から、大幅な減額はやむを得ないこと
  • 管理職ではなく、懲戒処分歴がなく、約30年間誠実に勤務してきたこと
  • 事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと
  • 反省の情が示されていること

 

しかし、最高裁は以下の点を重視し、一審・原審の判決を覆し、全額不支給を認めました。

  • 長時間にわたり相当量の飲酒をした直後に運転したこと
  • 運転開始から間もなく走行中の車両と衝突する事故を起こしており、態様が重大な危険を伴う悪質なものであること
  • 公立学校の教諭として、生徒への影響も相応に大きかったこと
  • 学校が集会を開くなど対応を余儀なくされ、公務に対する信頼や遂行に重大な影響や支障を及ぼしたこと
  • 県教委が事前に飲酒運転について繰り返し注意喚起していたこと

最高裁は、約30年の勤続、懲戒処分歴なし、反省の情を示していることを考慮しても、全額不支給が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえないと判断しました。

なお、本判決には反対意見が付されており、停職処分とされた他の飲酒運転の事例との均衡を考慮すべきこと、退職手当の給与の後払的性格や生活保障的性格に着目すべきことを理由に、全額不支給は酷に過ぎると述べています。

また、この判決で、「裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。」と述べられています。

この基準により、退職手当管理機関が一定の合理的な根拠に基づいて支給制限率を決定した場合、単に「重すぎる」「軽すぎる」という理由だけでは処分が覆されにくくなり、処分の判断過程が適切で、考慮すべき事情を適切に考慮していれば、裁量権の範囲内として認められる可能性が少し高くなると思われます。

飲酒運転で退職手当全額不支給を認めた最高裁判決②

大津市事件(最一小判令和6627日)は、公務員の事案ではありますが、非違行為の悪質性・不誠実性の判断基準として民間企業にも参考になる最高裁判決です。

大津市の課長職にあった職員が、飲酒後に自動車を運転して2回の物損事故を起こし、さらに警察官に虚偽の説明をした事案です。一審・原審は退職手当の全額不支給処分を取り消しましたが、最高裁はこれを覆し、全額不支給を認めました。

原審では、以下の点が考慮され、退職手当が相応に減額されることはやむを得ない(全額不支給ではない)と判断しました。

  • 物損事故にとどまること
  • 事故直後ではないものの関係者に連絡し、被害弁償も行っていること
  • 非違行為が私生活上のものであること
  • 長期(27年余り)にわたって懲戒処分歴がないこと
  • 課長として重要施策に貢献したこと


しかし、最高裁は以下の点を重視し、一審・原審の判決を覆し、全額不支給を認めました。

  • 長時間にわたり相当量の飲酒をした直後に運転し、2回の事故を起こしたこと
  • 1度目の事故後も何らの措置を講ずることなく運転を続け2度目の事故を起こしながらそのまま運転して帰宅したこと
  • 警察官に対し、当初、虚偽の説明をしており、不誠実なものであったこと
  • 公務に対する住民の信頼を大きく損なうものであること

なお、本判決には反対意見が付されており、「退職手当に給与の後払的な性格や生活保障的な性格があることに着目」すべきであり、「過去の実績ないし功績を完全に抹消するに足りる事情があったとまで評価することは、酷に過ぎる」との見解も示されています。

この事例は、公務員と民間労働者では「住民の信頼を大きく損なう」など性格が異なる部分があるものの、非違行為の悪質性・不誠実性を判断する際の重要な基準を示すものとして、企業実務においても参考になります。

バス運転手の運賃着服で退職手当全額不支給を認めた最高裁判決

最高裁令和7年4月17日第一小法廷判決は、公営企業のバス運転手が運賃着服と電子たばこ使用で懲戒免職された事案です。原審は全額不支給を違法としましたが、最高裁はこれを覆し、全額不支給を認めました。

京都市交通局のバス運転手が勤務中、5人分の運賃(合計1150円)を受け取った際、千円札1枚を運賃箱に入れず着服しました。また、乗客のいない停車中のバス車内で電子たばこを合計5回使用しました(車内での電子たばこ使用は禁止)。

ドライブレコーダーにより上記非違行為が発覚し、上司との面談で当初は着服を否定しましたが、後にこれを認めました。京都市交通局長は、懲戒免職処分を行うとともに、退職手当約1211万円を全額不支給としました。

原審は懲戒免職処分は有効としつつも、全額不支給は違法として取り消しました。その理由は以下のとおりです。

  • 職務内容は民間の同種の事業と異ならないこと
  • 実際にバス運行等に支障が生じたり、公務への信頼が害されたとは認められない
  • 被害金額は1000にとどまり、被害弁償もされていること
  • 在職期間は29に及び、一般服務や公金取扱いに関する非違行為はなかったこと

 

しかし、最高裁は原審を覆し、全額不支給を認めました。本判決は、上記2件の判決で示された基準を踏襲し、退職手当支給制限処分は管理者の裁量に委ねられ、社会観念上著しく妥当を欠く場合に違法となるとし、以下の点から全額不支給を認めました。

  • 公務遂行中に職務上取り扱う公金を着服したことは、それ自体重大な非違行為であること
  • バス運転手は乗客から直接運賃を受領し得る立場にあり、通常1人で乗務することから、運賃の適正な取扱いが強く要請されること
  • 京都市交通局職員服務規程で勤務中の私金所持が禁止されていること
  • 着服行為は、市の自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものであること
  • 1週間に5回も電子タバコを使用しており、勤務状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ないこと
  • 発覚後の面談で当初は着服を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできないこと



このように、令和5年判決から一貫性が見られ、(公務員の)退職金不支給に関する最高裁の判断基準が確立されつつあります。

既に支払ってしまった退職金の取扱い

では、退職金を支払った後に重大な非違行為が発覚した場合はどうすればよいのでしょうか。

損害賠償請求による対応

既に支払ってしまった退職金は、労働者の故意や重過失に基づく不法行為(または債務不履行)として損害賠償請求を行うことになります。

そのため、退職金の支給に錯誤や詐欺などの法的瑕疵があること、返還請求の正当性を退職後に主張・立証する必要があります。

 

なお、このような事態を防ぐためには、重大な非違行為を行った可能性があるなど特段の事情がある場合には、退職金請求権の発生そのものを一定期間(例えば事実調査に必要な3か月間)留保するという規定を設けておくことも有効です。

退職金返還の規定による対応

後述の予防策として一部重複しますが、退職金規定(就業規則)に次のような条項を組み込むことで退職金規定(就業規則)に基づき返還を求めることが可能になります。

第●条(退職金の返還)

労働者が解雇され又は退職した後に、在職期間中に第▲条(※退職金不支給の条項)に該当する事由があったことが判明した場合には、会社は当該労働者に対して支給した退職金の返還を求めることができる。

経営者が取るべき予防策

退職金トラブルを未然に防ぐため、経営者が取るべき予防策をいくつか紹介します。

退職金規定の明確化

まず、退職金規定を明確に定めることが重要です。退職金の支給要件、計算方法、不支給・減額の条件などを具体的かつ詳細に規定しておくことで、トラブルの予防につながります。

 

退職金不支給条項を、単に「懲戒解雇の場合には…」とするのではなく、「懲戒解雇相当事由が存在する場合には…」という内容も規定に追加することで、退職金の支払いを拒絶できる範囲が広がります。

 

特に注意が必要なのは、退職金の性格を明確にすることです。例えば、ポイント制を採用する場合、それが単なる賃金の後払いなのか、功労報償的な要素を含むのかによって、不支給・減額の可否が変わってくる可能性があります。

懲戒解雇手続きの適正化

次に、懲戒解雇の手続きを適正に行うことも重要です。懲戒解雇が無効とされれば、退職金不支給の根拠を失うことになります。具体的には、以下の点に注意が必要です。

  1. 就業規則に懲戒事由を明確に規定すること
  2. 非違行為の事実関係を十分に調査すること
  3. 労働者に弁明の機会を与えること
  4. 処分の内容が非違行為の程度に見合ったものであること

退職金支払いの留保規定

最後に、退職金支払いの留保規定を設けることも有効です。前述のように、重大な非違行為の疑いがある場合に、一定期間退職金の支払いを留保できる規定を設けておくことで、支払い後に非違行為が発覚するリスクを軽減できます。

ただし、この留保期間は合理的な範囲内(例えば3ヶ月程度)に限定し、留保の要件も明確に定めておく必要があります。

中退共を利用している場合の注意点

中小企業退職金共済制度(中退共)を利用している企業では、懲戒解雇時の退職金の取扱いについて、独自の制約があります。これらの制約を理解しておくことが重要です。

 

【中退共制度の概要】

中退共は、中小企業退職金共済事業本部が管掌する退職金積立制度です。企業は毎月、従業員1人あたり最高3万円の掛金を積み立て、従業員が退職した際には、中退共から本人の口座に直接退職金が支給されます。

 

【懲戒解雇時の減額手続き】

懲戒解雇の場合、企業は厚生労働大臣(船員法の適用を受ける船員の場合は地方運輸局長)の認定を受けた上で、退職金を減額することができます。具体的な手続きは中小企業退職金共済事業本部のHPをご覧ください。

 

【重要な制限事項】

中退共における退職金減額には、以下の重要な制限があります。

  1. 減額した分は会社に返金されない
    減額された退職金は、共済制度における長期加入者の退職金支払財源に繰り入れられ、企業には1円も返金されません。
  2. 全額不支給は認められない
  3. 減額幅の上限
    企業が減額を希望した額が従業員にとって過酷と認められる場合、中退共がその額を変更することができます(中小企業退職金共済法施行規則第19条第3項)。実務上、企業が申し出た額が退職金額の8割を超える場合には過酷であると判断され、最低20%は支給される運用がされています(労働保険審査会の裁決要旨(平成29年中第1号)等)。

中退共の退職金減額制度は、企業に経済的なメリットをもたらすものではありません。そのため、減額の申請を行うかどうかは、これらの点を総合的に考慮して慎重に判断することが望ましいでしょう。

当事務所のサポート内容

当事務所では、退職金トラブルに関連して以下のようなサポートを提供しています。

就業規則の作成・見直し

退職金規定を含む就業規則の作成や見直しをサポートします。法的要件を満たしつつ、会社の実情に合わせた適切な規定を作成することで、将来的なトラブルの予防につながります。

労務支援コンサルティング

懲戒処分や解雇処分の際のサポートを行います。適切な手続きを踏むことで、処分の有効性を高め、退職金トラブルのリスクを軽減します。顧問契約プランに応じて対応可能範囲が異なりますので、弁護士費用ページをご覧ください。

労働審判・訴訟費用の顧問割引

万が一、退職金をめぐって紛争が生じた場合、労働審判や訴訟の代理人として対応いたします。また、顧問契約プランに応じて着手金・報酬金を割引いたします。

まとめ

本コラムでは、懲戒解雇と退職金に関する法的知識について、退職金制度の基本から、懲戒解雇時の退職金取扱い、さらには具体的な裁判例や予防策まで、幅広く取り上げました。経営者・人事担当者の皆様は、これらの情報を参考に、適切な退職金規定の作成や運用に目を向けていただけると幸いです。また、懲戒解雇の手続きを適正に行うことで、退職金トラブルのリスクを軽減できます。退職金に関するトラブルでお困りの経営者・人事担当者がいらっしゃいましたら、初回相談料は無料になっておりますので、お気軽に当事務所までご相談ください。

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