未払残業代請求への初動対応と注意点【セミナー要約】
本コラムは、2025年7月14日に当事務所で開催いたしました社会保険労務士様向け『残業代実務勉強会』の内容を基に作成したものです。勉強会当日の講演録から文字起こしを行い、要約・編集した簡易版となります。社労士向けに開催した勉強会ですが、企業の経営者・人事担当者様のご参考になる部分をコラムとしてまとめ直していますので、ぜひご覧ください。
【顧問先様特典のご案内】
当事務所と顧問契約を締結いただいている企業様には、セミナー当日の詳細レジュメ(裁判例の判決文抜粋・具体的書式例を含む)および講演動画のアーカイブを特典として別途ご提供しております。本コラムはあくまで概要版であり、より実務に即した詳細情報や具体的な契約書・誓約書の雛形等は顧問先様限定の特典として提供しておりますので、顧問契約のご検討をぜひお願い申し上げます。
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従業員から残業代請求を受けるケースが増えている背景
近年、企業が従業員から未払残業代の請求を受けるケースが増加しています。その背景には、法改正による時効期間の延長や、労働者の権利意識の高まりがあります。さらに、残業代請求を専門的に扱う法律事務所の広告も増えており、特に運送業や小売業などの業種では、従業員が気軽に相談できる環境が整ってきました。したがって、経営者としては、いつ請求を受けてもおかしくない時代になったと認識する必要があります。
時効が3年になったことで請求額が増大
2020年4月の法改正により、残業代請求の消滅時効が従来の2年から3年に延長されました。これにより、企業が支払わなければならない金額が大幅に増える可能性があります。たとえば、ある従業員に年間100万円の未払残業代が発生している場合、以前であれば最大200万円の請求でしたが、現在では最大300万円まで遡って請求される可能性があるのです。また、労働基準法では賃金台帳やタイムカードなどの記録保存義務も3年に延長されているため、企業側も長期間にわたる記録管理が求められています。
一人の請求が他の従業員への波及リスクを生む
残業代請求の本当の怖さは、一人の従業員からの請求が他の従業員にも波及する可能性がある点です。なぜなら、就業規則や賃金規程は通常、同じ事業所の従業員全員に適用されるからです。したがって、一人の従業員について未払残業代が発生していれば、同じ働き方をしている他の従業員についても同様の未払いが発生している可能性が高くなります。極端な例ですが、30名の従業員がいる会社で一人あたり年間100万円の未払いがあった場合、時効3年で計算すると総額9000万円という巨額の請求になりかねません。こうした波及効果を考えると、一人の請求であっても決して軽視できないのです。
内容証明郵便や請求書が届いたときの初動対応
従業員やその代理人弁護士から残業代請求の内容証明郵便が届いたとき、多くの経営者は動揺してしまいます。しかし、初動対応を誤ると、後の交渉や裁判で不利になる可能性があります。そのため、まずは冷静に状況を把握し、適切な対応を取ることが重要です。
まず冷静に請求内容を確認する
内容証明郵便が届いたら、まずは請求の根拠となっている事実関係を冷静に確認しましょう。具体的には、請求している期間、金額の計算根拠、どのような労働時間の記録に基づいているかなどをチェックします。また、請求者が主張する労働時間が実態と合っているかどうかも重要なポイントです。たとえば、相手方が「タイムカードの打刻時間がすべて労働時間である」と主張していても、実際には打刻後に私的な用事をしていた可能性もあります。したがって、社内に残っている記録を確認し、事実関係を整理することから始めましょう。
タイムカードや就業規則の開示要否を慎重に判断する
残業代請求の書面には、多くの場合「タイムカード、就業規則、賃金規程を開示してください」という要求が含まれています。しかし、この段階で安易にすべての資料を開示する必要はありません。なぜなら、開示義務が法的に生じるのは、労働審判や訴訟などの正式な手続きが始まってからだからです。むしろ、早期に開示してしまうと、相手方に有利な証拠を与えることになり、交渉上不利になる可能性があります。したがって、まずは弁護士に相談し、どの資料をどのタイミングで開示するかを戦略的に判断することが重要です。ただし、開示を拒否する場合でも、理由を明確に伝え、誠実な対応を心がける必要があります。
労働時間の記録はどのように評価されるのか
残業代請求において、最も重要な争点の一つが「実際の労働時間がどれだけであったか」という点です。従業員側と企業側で主張する労働時間が異なる場合、裁判所はどのような記録を重視して判断するのでしょうか。この点を理解しておくことで、日常的な労働時間管理の重要性が見えてきます。
裁判所が重視する証拠の客観性と労働との結びつき
裁判所が労働時間を認定する際には、主に二つの観点から証拠を評価します。一つ目は「記録の客観性」、二つ目は「記録と労働との結びつきの程度」です。記録の客観性とは、その記録が改ざんしにくく、信頼できるものかどうかという点です。たとえば、パソコンのログイン・ログオフ時間やタイムカードは、機械的に記録されるため客観性が高いと評価されます。一方、従業員が手書きで作成した日報やメモは、後から作成したり内容を変更したりできるため、客観性が低いと判断されることが多いです。したがって、企業としては、客観性の高い記録方法を導入することが重要になります。
タイムカードだけが証拠ではない
多くの経営者は「タイムカードがあれば、それが労働時間の決定的な証拠になる」と考えがちですが、実はそうではありません。裁判所は、タイムカードの打刻時間が必ずしも実際の労働時間と一致するとは限らないと考えています。たとえば、タイムカードを打刻した後に私用で会社に残っていた場合や、逆に業務開始前にタイムカードを打刻していた場合などです。また、運送業であればタコグラフ(運行記録計)、小売業であればレジ締めの時刻など、業種によってより労働実態に近い記録が存在することもあります。重要なのは、その記録が実際の労働とどれだけ結びついているかという点です。したがって、自社の業務内容に応じて、最も労働実態を反映する記録方法を選択し、適切に管理することが求められます。
そもそも労働時間に該当するかを見極める
残業代請求では、記録の評価以前に「その時間がそもそも労働時間に該当するのか」という根本的な問題が生じることがあります。この点について参考になるのが、ルーチェ事件(東京地判令和2年9月17日)です。この事件は、理美容業における練習時間が労働時間に該当するかが争われたもので、従業員が閉店後の練習会について残業代を請求しました。しかし、裁判所は「練習会は従業員の自主的な自己研鑽の場という側面が強く、会社の指揮命令下に置かれていたとは評価できない」として、労働時間該当性を否定したのです。裁判所が重視したポイントは、練習会に参加しないことによる不利益がなかったこと、カットモデルを自分で調達して個人的な報酬を受け取れたこと、途中帰宅の不許可や参加命令を裏付ける証拠がなかったことなどでした。つまり、会社側の強制力が弱く、従業員の自主性が認められる活動については、労働時間とは認定されない可能性があるということです。ただし、実際には参加を強制していた証拠(メールやLINEのやりとりなど)があれば、結論は変わっていた可能性が高いでしょう。したがって、経営者としては、研修や練習の位置づけを明確にし、強制参加なのか任意参加なのかを就業規則で定めておくことが重要です。
従業員への回答書作成における重要ポイント
残業代請求を受けた場合、多くのケースでは相手方に対して回答書を作成することになります。この回答書の内容次第で、その後の交渉の展開が大きく変わってきます。そのため、法的に適切な内容を盛り込むことが重要です。
請求内容の問題点を具体的に指摘する
回答書では、相手方の請求内容のどこに問題があるのかを具体的に指摘する必要があります。たとえば、「請求している労働時間に休憩時間が含まれていないか」「タイムカード以外の業務をしていた時間が含まれていないか」「そもそも会社の指示による労働だったのか」といった点を検討します。また、相手方が提出してきた証拠の信頼性についても疑問を呈することができます。ただし、単に否定するだけでなく、こちらの主張を裏付ける根拠も示す必要があります。したがって、回答書作成前に、社内の記録を十分に精査し、事実関係を整理しておくことが不可欠です。
消滅時効の援用を忘れずに行う
回答書作成において、多くの経営者が見落としがちなのが「消滅時効の援用」です。現在、残業代請求の消滅時効は3年ですが、請求されている期間のうち、3年より前の部分については時効が成立している可能性があります。しかし、時効は自動的に適用されるものではなく、企業側から「時効を援用する」という意思表示をする必要があるのです。この手続きを怠ると、本来支払う必要のない古い期間の残業代まで支払わなければならなくなります。したがって、回答書には必ず「消滅時効期間を経過している部分については、時効を援用する」という文言を入れることを忘れないでください。
未払残業代請求を予防するための仕組みづくり
残業代請求を受けてから対応するよりも、そもそも未払いが発生しない仕組みを作ることが最も重要です。ここでは、実務上効果的な予防策を二つご紹介します。
残業許可制の適切な運用
残業許可制とは、事前に会社の許可を得なければ残業ができないという制度です。この制度を導入することで、不要な残業を防ぎ、労働時間を適切に管理することができます。ただし、単に「うちは残業許可制だから」と口で言っているだけでは効果がありません。就業規則に明確な規定を設け、従業員に周知することが必要です。さらに、無許可で残業している従業員がいた場合には、きちんと注意し、それでも改善されなければ文書で警告を行うなど、実際に制度を運用することが重要です。また、業務量が多くて残業せざるを得ない状況であれば、許可制だけでは対応できません。したがって、業務の見直しや人員配置の調整なども併せて検討する必要があります。
定額残業代制度の正しい導入と管理
定額残業代制度とは、あらかじめ一定時間分の残業代を基本給や手当に含めて支払う制度です。この制度を適切に運用すれば、毎月の残業代計算の手間を省くことができます。しかし、制度設計や運用方法を誤ると、裁判で無効と判断され、結局残業代を支払わなければならなくなるリスクがあります。有効な定額残業代制度にするためには、雇用契約書や就業規則で「何時間分の残業代として、いくら支払うのか」を明確に区分して記載する必要があります。また、実際の残業時間が定額時間を超えた場合には、超過分を精算して支払わなければなりません。したがって、定額時間内に業務が収まるよう、日常的に労働時間を管理することが求められます。
まとめ
未払残業代請求は、時効が3年に延長されたことで企業にとってのリスクが大きくなっています。しかも、一人の従業員からの請求が他の従業員にも波及する可能性があるため、初動対応を誤ると経営に深刻な影響を及ぼしかねません。したがって、内容証明郵便などで請求を受けた際には、まず冷静に請求内容を確認し、安易に資料を開示せず、法的な観点から適切な対応を取ることが重要です。また、労働時間の証拠として何が重視されるかを理解しておくことで、日常的な労働時間管理の質を高めることができます。さらに、回答書の作成では請求内容の問題点を具体的に指摘するとともに、消滅時効の援用を忘れずに行う必要があります。そして何より大切なのは、未払残業代が発生しない仕組みを予防的に構築することです。残業許可制や定額残業代制度を適切に運用することで、将来のトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。未払残業代請求への対応や予防策の構築でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。
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