医療機関の労働時間|実務の要点を弁護士が解説
医療機関における労働時間管理の重要性
近年の働き方改革の推進により、適切な労働時間管理が強く求められるようになってきました。その中でも、医療機関における労働時間管理は、一般企業とは異なる特殊性を持つことから、より高度な管理が求められています。まずは、医療機関で労働時間の管理が特に求められている理由と、労働時間管理が不十分な場合のリスクについてお話します。
医療機関で労働時間管理が特に求められる理由
医療機関では、慢性的な人手不足の影響により、職員が長時間労働を強いられるケースが少なくありません。医師や看護師の過重労働は、医療事故やヒューマンエラーのリスクを高める要因となります。そのため、適切な労働時間管理は、職員の健康管理だけでなく、患者の安全確保のためにも不可欠な要素となっています。
そして、主に次の3つの理由から、医療機関での労働時間管理が複雑になっているため、気づかないうちに法令違反をしてしまい、場合によっては、労働基準監督署の是正指導や罰則の対象となり、医療機関としての信頼を損ねる結果となる可能性があります。
理由の1つ目は、医療機関特有の勤務形態による管理の複雑さです。当直、日直、オンコール待機など、一般企業には見られない勤務形態が存在するため、それぞれの時間が労働時間に該当するかどうかの判断が非常に難しくなっています。
2つ目は、医師を始めとする医療従事者の給与水準の高さです。特に医師については、基本給が高額に設定されていることが一般的です。そのため、もし労働時間管理が不適切であった場合、未払い残業代等の支払額が極めて高額になるリスクがあります。
3つ目は、医療の専門性に起因する労働時間の判断の難しさです。医療従事者、特に医師の場合、自己研鑽の時間や学会参加など、労働時間に該当するか否かの判断が困難な時間が多く存在します。このため、一般企業以上に慎重な労働時間管理が必要となります。
労働時間管理が不十分な場合のリスク
労働時間管理が不十分な場合、医療機関は深刻なリスクに直面する可能性があります。まず、金銭的なリスクとして、未払い残業代の請求を受けるおそれがあります。医師の給与水準が高いことから、未払い残業代は数百万円から場合によっては数千万円に及ぶケースも少なくありません。さらに、消滅時効期間の延長(2020年4月改正労働基準法により3年へ延長《この3年についても暫定措置のため、最終的には5年に延長される可能性があります。》)により、これまで以上に高額な賠償を求められる事例が増えています。
また、労働基準監督署の調査により是正勧告を受けるリスクも存在します。医療機関は社会的な注目度が高く、また地域医療の重要な担い手であることから、労働基準監督署の調査も厳格に行われる傾向にあります。是正勧告を受けた場合、その対応に多大な時間と労力を要するだけでなく、医療機関としての社会的信用にも影響を及ぼす可能性があります。
さらに、過重労働による医療事故のリスクも見過ごすことはできません。適切な労働時間管理は、医療従事者の健康管理と密接に関連しており、最終的には患者の安全にも影響を与える重要な要素となっています。
医療機関の労働時間に関する基礎知識
労働時間の定義と法定基準
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。これは医療機関においても同様です。したがって、実際に診療や看護などの業務を行っている時間だけでなく、始業前の準備行為や終業後の後片付けなども、使用者の明示または黙示の指示により行われている場合には、労働時間として扱う必要があります。
法定労働時間は、1日8時間、1週40時間と定められています。この制限を超える場合には、事前に労使協定(36協定)を締結し、時間外労働として適切な割増賃金を支払う必要があります。
時間外労働と割増賃金の計算方法
時間外労働に対する割増賃金は、以下の計算方法で支払う必要があります。
- 時間外労働(法定労働時間を超える労働):25%以上
- 休日労働(法定休日の労働):35%以上
- 深夜労働(午後10時から午前5時までの労働):25%以上
- 時間外労働が月60時間を超える場合:50%以上
なお、これらの割増率は重複する場合があります。例えば、深夜の時間外労働の場合は、合計で50%以上の割増賃金が必要となります。この点、特に医療機関は夜間診療や救急対応など、深夜時間帯の労働が発生することが多いため、細心の注意が必要です。
特に、月60時間を超える時間外労働については、2024年4月からは、事業場の規模にかかわらず、すべての事業場で適用されたため、こちらも注意が必要です。また、労使協定を締結することで代替休暇の制度(割増賃金の支払いに代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇を与える制度《労働基準法第37条第3項》)の存在も知っておくことが大切です。
医療機関特有の労働時間管理の課題
医療機関では、一般企業とは異なる特有の勤務形態が存在するため、それぞれの時間が労働時間に該当するかどうかの判断が重要になります。適切な判断を行うためには、具体的な基準や考え方を理解しておく必要があります。
宿日直(当直)の時間と労働時間の扱い
医療機関における宿日直については、労働基準法上の「断続的労働」として特別な取扱いが認められています。ただし、この取扱いを受けるためには、労働基準監督署長の許可を得る必要があります。
この許可を得るためには以下の基準があります。さらに、医師、看護師等には、この基準に加えて基準の細目が定められています。(厚生労働省「断続的な宿直又は日直勤務に従事する者の労働時間等に関する規定の適用除外許可申請について」より)
【一般の宿日直許可基準】
- 常態として、ほとんど労働をする必要のないこと
定期的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とする働き方が対象になる
通常の労働の継続は、原則として許可の対象とならない - 宿日直手当について
宿日直手当の最低額は、同種の労働者に対して支払われる賃金の一人1日平均額の1/3以上である必要がある - 宿日直の回数について
宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回が限度となる(※一部例外あり)
【医師、看護師等の宿日直許可基準】
- 通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものである必要がある
- 一般の宿直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限る
- 宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ることが必要
- ①~③以外に、一般の宿日直許可基準を満たしていることが必要
②の「特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務」については以下のような業務が該当します(基発0701第8号「医師、看護師等の宿直許可基準について」)。
- 医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
- 医師が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
- 看護職員が、外来患者の来院が通常想定されない休日・夜間において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと
- 看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと
ただし、許可を得た後でも、重篤な緊急患者を対応した等、通常の業務が含まれる場合は労働時間とされ、割増賃金が発生することがあります。
自宅待機(オンコール)時の労働時間
オンコール待機時間の労働時間該当性については、裁判例でも判断が分かれています。まずは裁判例と裁判所の判断基準をご紹介します。
【大阪高等裁判所・平成22年11月16日判決】
オンコール(判決文では「宅直」と表記。)について、以下の理由などから労働基準法上の労働時間には該当しないと判断されました。
- 宅直制度は、産婦人科医の間で自主的に定められたもので、病院の内規にも宅直に関する定めはないこと
- 呼び出しを受けて業務に従事した医師に対しては、業務従事時間に対応する時間外手当を支払っていたこと
- 宅直で呼び出される回数は、年間6~7回程度にすぎなかったこと
- 宅直を担当しない日は、精神的な緊張や負担から一応解放され、半年、1年単位で見れば、宅直制度の下における医師らの負担が、宅直制度がなく、宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師らが連日にわたって緊急の措置の要請を受ける可能性がある場合の負担に比べれば、過大であるとはいえないこと
なお、上告審については、平成25年2月12日に不受理の決定がされています(最高裁判所第三小法廷)。
【奈良地方裁判所・平成27年2月26日判決】
こちらの裁判例も、大阪高等裁判所・平成22年11月16日判決と同じく、「宅直当番は、病院の内規等に定めのない、病院に勤務する産婦人科医師らによる自主的な取り決めにすぎなかったこと」などから、オンコールについて、労働基準法上の労働時間には該当しないと判断されました。
【千葉地方裁判所・令和5年2月22日判決】(医療法人社団誠馨会事件)
こちらの裁判例では、以下の理由などから、オンコール待機時間中は、指揮命令下に置かれていたとはいえず、当該時間は労働時間に該当しないと判断されました。
- オンコール当番は、形成外科所属医師以外の医師が外科の当直をしている際に、緊急性の比較的高い対応のみが求められていたこと
- オンコール当番中の電話対応の所要時間は、相当に短時間であったと認められること
- オンコール当番時間の長さに比して電話対応の回数が多いとはいえないこと
- 病院外で待機している際に架電に応じて出勤した場合の勤務時間は、9時間11分と長時間になったことが一度あったものの、それ以外は1時間24分から3時間45分であり、オンコール当番医が出勤して勤務する時間としては比較的短時間にとどまっていること
- 病院側がオンコール当番医の病院外での待機場所を逐一把握していたとも認められないこと
- オンコール待機中は、食事、入浴等をし、就寝していたこと
【横浜地方裁判所・令和3年2月18日判決】(アルデバラン事件)
一方、こちらの裁判例では、以下の理由などから、待機時間中、外出自体は許容されていたことを考慮しても労働からの解放が保障されていたとはいえず、待機時間も含めて指揮命令下に置かれていたものであり、労働基準法上の労働時間に当たると判断されました。
- 緊急看護対応業務に従事する従業員は、呼出しの電話を受ければ、実際に緊急出動に至らなくとも、相当の対応をすることを義務付けられていたこと
- オンコールの頻度は会社側の主張を前提にしても、5日に1度程度、緊急看護対応業務は8回に1度程度だったこと
これらの裁判例を参考に、オンコールの時間を労働基準法上の労働時間に該当しないとするためには、以下の項目を確認する必要がります。
- 待機場所や行動の制限の程度
- 呼び出しの頻度や緊急性
- 病院からの具体的な指示の有無
- 実際の対応業務の内容
- オンコール制度が医師の自主的な取組であったか
ただし、上記5については、【大阪高等裁判所・平成22年11月16日判決】の小括で「被告…においては、…宿日直担当医以外の産婦人科医の負担の実情を調査し、その負担(宅直制度の存否にかかわらない。)がプロフェッションとしての医師の職業意識により期待される限度を超えているのであれば、複数の産婦人科宿日直担当医を置くことを考慮するか、もしくは宿日直医の要請に応ずるため、自宅等で待機することを産婦人科医の業務と認め(もっとも、この場合であっても、当該労働を労働基準法41条3号の監視・断続的労働として行政官庁の許可を受けることは考えられる。)、その労働に対して適正な手当を支払うことを考慮すべきものと思われる。」とも言及されているので、医師が自主的にオンコール制度を行っている場合でも、医療機関として、制度を整え、正式に行政官庁の許可を受けることも検討する必要があります。
自己研鑽の時間と労働時間該当性
医師の自己研鑽時間については、2019年7月の厚生労働省通達(基発0701第9号「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」)で判断基準が示されています。この基準によれば、所定労働時間内に医療機関内で行われる研鑽は原則として労働時間となります。
一方、所定労働時間外の研鑽については、以下の要件を総合的に判断します。
- 上司の(明示または黙示の)指示の有無
- 研鑽が業務と直接関連するか(診療の準備又は診療に伴う後処理として不可欠かどうか)
- 研鑽の自発性の程度
例えば、研究や論文作成が事実上義務付けられている(研鑽の不実施について就業規則上の制裁等の不利益が課されている)場合などは、労働時間として扱う必要があります。
医療機関では、自己研鑽と業務の区別を明確にするルールを整備しておくことが推奨されます。判断に迷う場合は、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
医療機関における労働時間管理の実務対応
適切な労働時間管理を実現するためには、医療機関の実態に即した具体的な対応が必要です。ここでは、実務上特に重要となるポイントについて解説します。
所定労働時間の設定と留意点
医療機関の勤務時間は、診療スケジュールに依存しがちですが、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える場合には割増賃金を支払う必要があります。また、長期間にわたってこのような状態が続いた場合、未払い残業代が膨大な金額になる可能性があるため、適切な労働時間の設定と管理が極めて重要です。
これを回避するためには、診療時間外の業務を含めた合理的なスケジュール設計が不可欠です。
10人未満の医療機関の特例制度と変形労働時間制
常時使用する労働者が10人未満の医療機関(労働基準法別表第1第13号「病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業」)については、特例措置(労働基準法第40条及び労働基準法施行規則第25条の2)により、法定労働時間が週44時間まで延長されます。また、1ヶ月単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の2)を活用することで、特定された週や日について、法定労働時間を超えて、労働させることができるため、繁忙期と閑散期に応じた柔軟な労働時間の配分が可能になります。
ただし、特例措置や変形労働時間制を導入する場合は、労使協定の締結(労働基準監督署への届出)や就業規則への規定など、適切な手続きを踏む必要があります。
医師の働き方改革への対応
2024年4月からの医師の時間外労働規制では、以下の水準が設定されています(医師の働き方改革 C2審査・申請ナビ「医師の働き方改革の制度について」より《厚生労働省の委託に基づき、日本医師会が運営。》)。原則、時間外・休日労働時間は、年960時間が上限となります(A水準)。これを上回る時間外・休日労働を行わせる必要がある場合は、その理由に応じて、都道府県知事から指定を受ける必要があります。
医療機関に適用する水準 |
年の上限時間 |
面接指導 |
休息時間の確保 |
A水準(一般労働者と同程度) |
960時間 |
義務 |
努力義務 |
連携B水準(医師を派遣する病院) |
1860時間 (各院では960時間) |
義務 |
|
B水準(救急医療等) |
1860時間 |
||
C-1水準(臨床・専門研修) |
|||
C-2水準(高度技能の修得研修) |
都道府県知事から指定を受けるためには、先に、時短計画等の必要書類を医療機関勤務環境評価センターに提出し、評価受ける必要があります。評価センターの評価は、大きく次の3つの観点から行われる(厚生労働省「医師の働き方改革2024年4月までの手続きガイド」より)ため、医療機関には以下の取組等が求められています。
-
労務管理体制について
・雇用契約書・労働条件通知書の書面での交付
・医師労働時間短縮計画の作成 -
医師の労働時間短縮に向けた取組について
・他職種へのタスクシフト・タスクシェアの推進(院内ルールの策定)
・会議やカンファレンスの効率化・合理化 -
取組の実施効果について
・医師の時間外・休日労働時間数の状況確認
・健康面の悩みや勤務へのモチベーションなどの意見収集
当事務所の医療機関向けサポート内容
労務管理体制の整備支援
当事務所では、医療機関の労務管理に関する豊富な経験と専門知識を活かし、規模や特性に応じて、以下のような労務管理体制の整備を支援しています。
- 就業規則・労使協定の作成・見直し
- 労働時間管理システムの導入検討
- 医師の働き方改革対応のための体制整備
- 各種規程類の整備支援
労働基準監督署の調査対応
労働基準監督署の調査は、医療機関にとって大きな負担となります。当事務所では、調査への立会い、必要書類の準備、是正報告書の作成など、調査対応を全面的にサポートいたします。また、調査後のフォローアップとして、再発防止のための体制整備もご支援いたします。
未払い残業代請求への対応
未払い残業代請求を受けた場合、適切な対応を誤ると多額の支払いを求められる可能性があります。当事務所では、請求内容の妥当性検証、交渉方針の策定、示談交渉、訴訟対応など、未払い残業代請求への対応を専門的な知見に基づいてサポートいたします。また、将来的な紛争を予防するための助言も併せて提供いたします。
まとめ
医療機関における労働時間管理は、複雑で慎重な対応が求められる領域です。適切な管理を行わないことで、未払い残業代請求、労働基準監督署の是正指導、医療事故のリスクなど、深刻な問題に直面する可能性があります。医師の働き方改革への対応や、宿日直、オンコール、自己研鑽時間の適切な管理は、今後ますます重要になってきます。労働時間管理でお困りの医療機関の経営者様・人事担当者様は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。