運送業の雇用契約書で定めるべき内容とは|特有の規定や注意点について解説
運送業は、ドライバーの長時間労働や過重労働が問題になりやすい業種です。事業者は労働基準法や「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(改善基準告示)に基づき、ドライバーの労働環境を適切に管理し、過労による健康被害を防止する法的責任があります。そのため、ドライバーを雇う際は、雇用契約書に具体的な労働条件や労働時間の上限、休憩時間、健康管理に関する具体的な対策を明記することが求められます。しかし、雇用契約書に何を記載すべきか不安を抱える方も多いでしょう。
そこで本記事では、運送業の雇用契約書に記載すべき内容や注意点について解説します。
1.運送業における雇用契約書の重要性
雇用契約書とは?
雇用契約書とは、従業員を雇う際に作成する契約書を指します。企業と従業員の双方が合意した労働条件を記載するもので、内容は主に以下のようなものを定めます。
- 業務内容
- 業務時間
- 休日・休暇
- 賃金
- 福利厚生
- 退職
運送業の特性上、長時間労働など従業員の労働条件が厳しくなりやすいため、労働時間の管理と労働者の権利保護は極めて重要です。適切な雇用契約書は、ドライバーの安全と健康を確保し、同時に企業のリスク管理にも不可欠な文書となります。
口頭契約や曖昧な条件がもたらすリスク
雇用契約を口頭だけで済ませたり、曖昧な条件で締結したりすると、労働者との法的トラブルのリスクが高まるうえに、労働基準法違反となる可能性があります。労働基準法第15条および労働基準法施行規則第5条では、使用者は労働契約の締結に際し、労働条件を書面等で明示することが義務付けられています(雇用契約書を締結しなくても、労働条件通知書を出していれば、この点についてはクリアできます。)。この義務に違反した場合、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。過去の事例の中には、時間外労働等による過労で正常な運転ができない運転手が死傷者を出す交通事故を起こし、運転手の管理会社に罰金、取締役・運行管理者に懲役が言い渡されたケースもあります(大阪地方裁判所平成20年1月25日判決・広島地方裁判所平成28年11月14日判決)。このようなトラブルのリスクを減らすためには、自社の労働条件が適法な内容であることを確認することが重要です。
2.雇用契約書に含めるべき基本項目
契約の目的
雇用契約書には、契約が適用される業務の範囲を記載しなければなりません。業務の範囲が不明瞭では労働時間や賃金に関するトラブルを招きかねないため、運送業務の概要と契約当事者の従業員に求める業務範囲を明示することが重要です。
労働時間・休憩時間等に関する項目
運送業は長時間労働になりやすいという特徴があるため、労働時間に関する条件は特に注意して決めなければなりません。労働基準法の原則(労働時間や休憩時間の定め)をもとに、運送ドライバーの勤務形態に合わせた条件(拘束時間や休息期間)を確認する必要があります。ドライバーの運行スケジュールは、この雇用契約内容に基づいて決めることになるため、過重労働を防ぐためには特に重要な項目です。
休日・休暇に関する項目
月の労働時間を法定時間内に収めるためには、休日・休暇の適切な設定が必須です。運送ドライバーの休日は、「休息期間+連続する24時間」でカウントします。ドライバーの勤務はシフト制等を採用しながら、長期間の連続勤務が発生しないように調整しましょう。
賃金に関する項目
雇用契約において、賃金や報酬に関する項目は欠かせません。基本給や歩合制による賃金額、残業代の計算方法等の項目を定める必要があります。賃金の不適切な支払いは労働訴訟の原因となるため、詳細かつ明確な記載が必要です。
3.運送業の特殊性に対応した雇用契約書の項目
運送業は、その特殊性から、長時間労働や不規則な勤務時間、厳格な運行管理、さらには交通事故や貨物損傷等の業務に伴うリスクなど、他の業界にはないリスクや管理課題を抱えています。これらの特徴に適切に対応するためには、雇用契約書を通じて労働条件や責任範囲を明確に定めることが重要です。本項では、運送業の特殊性に対応するための雇用契約書の項目を解説します。
拘束時間と休息期間の管理
ドライバーの労働管理は、拘束時間(始業時間から終業時間)と休息期間(勤務終了から次の勤務までの間)によって行います。以下のポイントを確認しましょう。
- 1日の拘束時間は13時間以内
- 延長した場合でも上限は15時間
- 休息期間は継続11時間以上が原則、かつ継続9時間を下回ってはいけない
- 拘束時間は、労働時間だけでなく、休憩時間(仮眠時間を含む。)を含めた合計時間
これらの拘束時間と休息期間の基準を守るためには、一般的な労働基準法の原則に加え、貨物自動車運送事業法の遵守も求められます。運送業特有の規定を踏まえ、ドライバーの安全と労働環境を確保することが重要です。
事故や損害賠償責任の規定
運送業は業務中の事故リスクが高い職業であるため、交通事故や貨物の損傷が発生した場合を想定した規定は欠かせません。損害賠償責任や労災について認識のズレを防ぐため、例えば、以下のような項目を社内規定に含めることが考えられます。
- 従業員の重大な過失(飲酒運転、速度違反等)による場合の損害賠償責任
- 事故等が発生した際の報告義務及び方法
- 保険の適用範囲
- 会社が賠償した場合の従業員への求償権行使の条件と範囲
なお、損害賠償額をあらかじめ定めることは労働基準法違反(第16条・第119条)となるのでしてはいけません。
健康診断と安全教育に関する規定
業務によってドライバーが健康を損なえば、安全な運送を保つことはできません。雇用契約書に定期健康診断の義務条項を含めて、従業員に対しても健康状態の把握義務を周知させましょう。また、過労運転を防止するために必要な措置を定め、注意喚起することも重要です。
特に運送業の特性として、深夜業(午後10時~午前5時の時間帯の勤務)が多くなっています。深夜業に従事する労働者(過去6ヶ月間を平均して1ヶ月あたり4回以上深夜業を行っている労働者)には、配置替えの際及び6ヶ月以内ごとに1回の定期健康診断が必要となるので、深夜業を行っている場合はこの点にも注意しておきましょう。
また、長時間労働をしている従業員がいる場合には、医師による面接指導の申出方法等も規定しておきましょう。
このような、健康診断や面接指導の制度の周知をはじめとして、交通安全講習や運行記録計の適正使用に関する教育をすることでドライバーの安全と健康を確保するが可能になります。
運行管理者の指示遵守義務
労働時間や業務内容を決定する運行管理者からの指示遵守義務を定めることは、効率的な業務運営やリスクの管理だけでなく、ドライバーの健康確保にもつながります。自社の運送業務が適正に進むように、運行管理者の指示を明文化する措置も重要となります。
4.雇用契約書作成時の注意点
法令違反となっていないか
雇用契約書の作成時は、設定した項目が法令に反していないことを、しっかりと確認することが重要です。運送業の雇用契約に関連する法律には、以下のようなものが挙げられます。
- 貨物自動車運送事業法
- 労働基準法
- 労働契約法
- 労働組合法
- 労働安全衛生法
- 民法
法律に違反した場合、労働条件の一部が無効となったり、懲役又は罰金刑に処されることがあるため、雇用契約の内容が法令遵守できていることをしっかりと確認することが重要です。
曖昧な表現を避ける
雇用契約書を作成する際は、曖昧な表現を避けるようにしましょう。例えば、休息期間の下限の規定に「適切な時間の休息」のような表現をしてしまうと認識のズレが生じるため、「継続9時間以上の休息」と具体的に記載する必要があります。
5.雇用契約書の作成を弁護士に依頼するメリット
専門的な視点によって法的なリスク対策が可能
雇用契約書の作成を弁護士に依頼すれば、法的なリスク対策を講じることが可能です。雇用契約の条項は、労働関連のさまざまな法律等から想定される紛争トラブルを意識しながら設定しなければなりません。弁護士であれば、専門的な知識と経験をもとに、法的リスクに対応できる雇用契約書を作成できます。
運送業特有の規定に適合できる
運送業は、特有の勤務形態に合わせて、貨物自動車運送事業法や改善基準告示など細かな規定が定められています。労働基準法等の労働関連法以外にも遵守すべきルールが多くありますが、弁護士に依頼すれば運送業特有の規定に適合した雇用契約書を作成することが可能です。
トラブル発生時に有効な証拠として機能する
雇用契約書は、労働訴訟等のトラブルに発展した際に契約内容を示す証拠として使用できます。ただし、雇用契約書が証拠として認められるためには、公平性や透明性が担保された適切な内容であることが必要です。弁護士に依頼すれば、法的トラブル時に有効な証拠として機能する契約書を作成できます。
雇用契約書の定期的な見直し
弁護士と顧問契約を締結することで、定期的に雇用契約書の見直しができます。労働条件に関する法律の改正等は頻繁に行われるため、日々の業務に追われている経営者の皆さまが逐一把握することは大変です。弁護士をはじめとする労働法の専門家であれば契約内容を変更する必要があるかどうかを確認するだけでなく、法改正に合わせて研修や勉強会を実施することも可能です。
6.まとめ 運送業における雇用契約書については弁護士にご相談を
運送業は長時間労働や過重労働を発生させやすい業務形態であるため、トラブルを防ぐために労働関連法や運送業特有の規定を踏まえた内容の雇用契約書を作成することが重要です。のそのため、雇用契約書の作成は弁護士に依頼することをおすすめします。弁護士に依頼すれば、専門的な視点から法的リスクに対応できる契約を作成することが可能です。
当事務所では、労働問題や運送業法務に精通した弁護士が、雇用契約書の作成だけでなく、日々の企業運営に関する相談から労働審判・訴訟トラブル対応まで幅広く徹底的にサポートいたします。初回相談料は無料となっておりますので、まずはお気軽にご相談ください。