従業員を守る!経営者のためのカスハラ対策

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは何か

カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」と言います。とは、顧客等からの著しい迷惑行為のことです。カスハラは近年増加傾向にあり、企業にとって深刻な問題となっています。しかしながら、正当なクレームとカスハラの境界線が曖昧なため、多くの経営者が対応に苦慮されています。本コラムでは、まずはカスハラの定義を具体的に解説し、類型、企業への影響についても解説します。

 

カスハラの定義と境界線(正当なクレームとの違い)

令和4年に厚生労働省が発表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、カスハラは以下の3つの要素を満たすものと定義されています。

  1. 顧客等からのクレーム・言動のうち
  2. 当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって
  3. 当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

特に重要なのは、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」という点です。たとえば、購入した商品に瑕疵がある場合に商品の交換・返品を求めることは正当なクレームであり、カスハラには該当しません。しかしながら、そのような正当な要求であっても、大声で怒鳴り散らしたり、侮辱的な言葉を浴びせたりする行為を伴う場合には、手段・態様が社会通念上不相当であり、カスハラに該当する可能性があります。このように、要求の内容が妥当であっても、その手段・態様が不適切であればカスハラとなり得るのです。

 

カスハラの類型

カスハラは、その態様によって様々な類型に分類できます。主な類型としては、以下のものが挙げられます。

  • 時間拘束型
    長時間にわたり従業員を拘束する行為(例:居座り、長時間の電話)
  • リピート型
    理不尽な要求について繰り返し問い合わせる行為
  • 暴言型
    侮辱的な発言、人格否定、名誉毀損など
  • 暴力型
    殴る、蹴る、物を投げつけるなどの行為
  • 威嚇・脅迫型
    「殺されたいのか」といった脅迫的な発言、反社会的勢力との関係をほのめかすなど
  • 権威型
    正当な理由なく権威を振りかざし要求を通そうとする行為
  • 店舗外拘束型
    職場外の場所に呼び出す行為
  • SNS/インターネット上での誹謗中傷型
    インターネット上に名誉毀損やプライバシー侵害の情報を掲載する行為
  • セクシュアルハラスメント型
    身体に触る、つきまとう、性的な冗談を言うなどの行為

これらの類型はあくまで例示であり、これらに限られるものではありません。また、複数の類型が複合的に発生する場合もあります。

 

カスハラが与える影響

カスハラが与える影響は、大きく3つに分類されます。

  1. 従業員への影響
    ・業務パフォーマンスの低下
    ・体調不良、休職、退職など(労災のリスクも含む)
  2. 企業への影響
    ・業務への支障(顧客対応による他業務への支障)
    ・人材の流出
    ・金銭的損失(顧客等からの請求、弁護士費用など)
    ・ブランドイメージの低下
    ・損害賠償責任(安全配慮義務違反など)
  3. 他の顧客等への影響
    ・顧客の利用環境や雰囲気の悪化
    ・業務遅滞によるサービスの低下

特に、従業員への影響は深刻であり、精神的な苦痛から休職や退職に至るケースも少なくありません。

 

なぜ今、カスタマーハラスメント対策が必要なのか?

厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査 令和5年度報告書」によると、顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談があると答えた企業は全体(7770社)の27.9%にも及びます。さらに、従業員規模が大きくなるにつれてその割合は上昇し、1000人以上の企業では43.9%という高い数値を示しています。このような状況下で、カスハラ対策が経営上の重要課題となっている理由を詳しく見ていきましょう。

 

法的リスクと安全配慮義務

労働契約法第5条で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」として使用者に労働者の安全への配慮義務を課しています。これは、単に物理的な安全だけでなく、精神的な安全も含まれます。そのため、企業はカスハラから従業員を守るための措置を講じる義務があります。もし、カスハラが発生し、企業が適切な対応を怠った場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。

 

従業員への影響と労災リスク

カスハラは従業員の心身の健康に重大な影響を及ぼす可能性があります。近年、「心理的負荷による精神障害の認定基準」の「業務による心理的負荷評価表」に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が追加され、カスハラによる精神疾患が労災として認定される可能性が明確化されました。

厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」より抜粋

 

従業員が労災認定を受けた場合、企業は労災保険料の増額といった問題に直面する可能性があります。また、優秀な人材の流出にもつながりかねず、経営に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。

 

企業のブランドイメージ保護

カスハラ対策は、企業のブランドイメージ保護の観点からも重要です。従業員への迷惑行為を放置することは、「従業員を大切にしない企業」という否定的な印象を社会に与えかねません。また、SNSの普及により、企業の対応に関する情報が瞬時に拡散される現代では、適切な対応の重要性がより一層高まっています。

さらに、適切なカスハラ対策を講じることは、「従業員を大切にする企業」「コンプライアンスを重視する企業」としての評価につながり、人材採用や取引先との関係構築にもプラスの影響を与える可能性があります。企業の持続的な成長のためにも、カスハラ対策は不可欠です。

 

カスタマーハラスメント対策の具体的なポイント

近年、職場におけるハラスメント対策の法制化が進んでいます。そこで、まずは法令で定められたハラスメント対策を確認した上で、カスハラに特化した対策のポイントを解説していきましょう。

 

法令で定められたハラスメント対策(パワハラ、セクハラ、マタハラ)

職場におけるハラスメントについては、すでにいくつかの法的規制が設けられています。

  • パワーハラスメント
    改正労働施策総合推進法(令和261日施行)で定義と防止対策等が規定されています。
  • セクシュアルハラスメント
    男女雇用機会均等法に防止対策等の定めがあります。
  • マタニティハラスメント
    男女雇用機会均等法、育児介護休業法に防止対策等の定めがあります。

これらのハラスメント対策で培われたノウハウは、カスハラ対策にも応用可能です。

 

パワハラやセクハラなどの企業内ハラスメントとの違い

カスハラは、ハラスメント被害者は、パワハラやセクハラと同じ、企業内の従業員ですが、加害者が企業内の従業員ではない、という点で、パワハラやセクハラと異なっています。

 

パワハラやセクハラの加害者に対しては、聞取りや事情聴取を行ったり、ハラスメントを行った事実に対し、懲戒処分等を科すことで責任を追及することができますが、カスハラは加害者が社外の人間であるため、企業として事情聴取を行うことが難しい等の面があります。また、懲戒処分等もできないため、法的な責任追及としては、民事や刑事の手続によるしかありません。

 

そのため、パワハラやセクハラよりも一層、相談体制や対処法を企業としてきちんと整備しておく必要があります。

 

事前対策の重要性

カスハラ対策で最も重要なのは、事前の防止策です。まず、事業主の基本方針・基本姿勢を明確化し、従業員に周知・啓発する必要があります。具体的には、カスハラの定義、対象となる行為例、組織的な対応方針などを明文化し、企業マニュアルを作成、周知しておきましょう。また、対外的には、「社員を守るため、カスタマーハラスメントが行われた場合には、お客様への対応をいたしません」といった毅然とした姿勢を示すことも重要です。

また、「お客様は神様」という考え方を改め、一線を越えた場合は対応を打ち切るといった会社としての方針を確立することが大切です。

 

相談対応体制の整備

カスハラの被害を受けた従業員が速やかに相談できる体制を整備することも重要です。具体的には、相談対応者(上司・現場の管理監督者)を決めて周知させ、その役割を明確化します。また、相談対応者に対する教育も必要不可欠です。

相談窓口は、従業員が利用しやすい環境を整えることが重要です。そのためには、相談者のプライバシー保護や、相談したことによる不利益取扱いの禁止を明確にすることが求められます。

 

従業員教育と研修

効果的なカスハラ対策には、継続的な従業員教育と研修が有効です。研修内容には、カスハラの定義、パターン別の対応方法、顧客等への接し方のポイント、記録の作成方法などを盛り込みます。また、実際の事例を用いたケーススタディを行うことで、より実践的な対応力を養うことができます。

当事務所では、研修・社内教育の講師として対応することが可能です。

 

具体的な対応マニュアルの作成

カスハラが発生した際に適切な対応ができるよう、具体的な対応マニュアルを整備することが重要です。マニュアルには、原則として複数人で対応すること、録音・記録の方法、社内での情報共有の手順などを明記します。また、事案の性質に応じた対応方法(たとえば、自社に非がある場合は限定的な謝罪と対応、カスハラに該当する場合は毅然とした対応)についても具体的に示しておくと良いでしょう。

 

カスタマーハラスメント発生時の対応

カスハラが発生した場合、その状況を正確に把握し、適切に対応することが重要です。ここでは、具体的な対応方法について、類型別の対応や取引先との関係、そして実際の裁判例から学ぶポイントを解説していきます。

 

類型別の具体的な対応方法

カスハラの類型に応じて、適切な対応方法は異なります。

  • 時間拘束型
    対応できない理由を丁寧に説明し、応じられないことを明確に告げます。
    それでも膠着状態が続く場合は、一定時間を超えた時点で、お引き取りを願うか、電話を切るなどの対応を取ります。
    複数回電話がかかってくる場合には、あらかじめ対応できる時間を伝え、それ以上の対応はしない旨を伝えます。
    現場対応においては、顧客等が帰らない場合には、毅然とした態度で退去を求めます。
  • リピート型
    連絡先を取得し、繰り返し不合理な問い合わせが来る場合は、注意し、次回は対応できない旨を伝えます。
    それでも繰り返し連絡が来る場合は、リスト化して通話内容を記録し、窓口を一本化して、今後同様の問い合わせを止めるように伝え、毅然と対応します。
  • 暴言型
    大声を張り上げる行為は、周囲の迷惑となるため、やめるように求めます。
    侮辱的発言や名誉毀損、人格を否定する発言に関しては、後で事実確認ができるよう録音します。
    店舗での言動の場合は退去を求めます。
  • 暴力型
    行為者から危害を加えられないよう一定の距離を保つなど、対応者の安全確保を優先します。
    警備員等と連携を取りながら、複数名で対応し、直ちに警察に通報します。
  • 威嚇・脅迫型
    複数名で対応し、警備員等と連携を取りながら対応者の安全確保を優先します。
    ブランドイメージを下げるような脅しをかける発言を受けた場合にも毅然と対応し、退去を求めます。
  • 権威型
    不用意な発言を避け、対応を上位者と交代します。
    不当な要求には応じないようにします。
  • 店舗外拘束型
    店外で対応する場合は、公共性の高い場所を指定します。
    納得されず従業員を返さないという事態になった場合には、弁護士への相談や警察への通報等を検討します。
  • SNS/インターネット上での誹謗中傷型
    掲示板やSNSでの被害については、掲載先のホームページ等の運営者(管理人)に削除を求めます。
    投稿者に対して損害賠償等を請求したい場合は、必要に応じて弁護士に相談しつつ、発信者情報の開示を請求します。
    名誉毀損等について、投稿者の処罰を望む場合には弁護士や警察への相談等を検討します。
  • セクシュアルハラスメント型
    録音・録画による証拠を残し、被害者及び加害者に事実確認を行い、加害者には警告を行います。
    執拗なつきまとい、待ち伏せに対しては、施設への出入り禁止を伝え、それでも繰り返す場合には、弁護士への相談や警察への通報等を検討します。

これらの対応はあくまで一例であり、状況に応じて柔軟に対応する必要があります。重要なことは、従業員の安全を最優先に考え、毅然とした態度で対応することです。そして、社内だけでは対応できない場合など状況に応じて、弁護士や警察に相談をするようにしましょう。

 

取引先企業とのトラブルの場合の対応

取引先企業との関係でカスハラが発生した場合は、より慎重な対応が求められます。まず、取引先に対して事実確認等の必要な協力を求めるとともに、取引先からの協力要請にも誠実に対応することが重要です。

また、自社の従業員にハラスメント行為が認められた場合には、懲戒処分等の検討も必要です。加えて、自社の従業員が取引先に対してハラスメントを行わないよう、社内での周知徹底も重要なポイントとなります。

 

裁判例から学ぶカスタマーハラスメント対策

カスハラに関する裁判例からは、企業の安全配慮義務の重要性が読み取れます。たとえば、甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件(甲府地判平成301113日)では、上司の不適切な対応により約295万円の賠償責任が認められました。

一方で、小売店の従業員の事案(東京地判平成30112)と一般社団法人NHKサービスセンター事件(横浜地裁川崎支部判令和31130日)では、会社が適切な対応体制を整備していたことから、賠償責任が否定されています。

 

【甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件(甲府地判平成30年11月13日)】

裁判所が賠償責任を認めた理由として、次のような事情がありました(※カスハラへの対応が不適切だった部分のみ抜粋)。

  • 原告(従業員側)が犬に咬まれた事故後、上司が被害者である原告を非難した。
  • 上司が、犬咬み事故の加害者側の言い分を鵜呑みにして、原告に謝罪を強要した。

 

【東京地判平成30年11月2日】

裁判所が会社の安全配慮義務違反を否定し、賠償責任を認めなかった理由として、会社が次のような対応を取っていたことが判断材料となりました。

  • 従業員に対し、苦情の申出に対する具体的な対応方法を記載したマニュアルを配布し、指導していた。
  • 客とトラブルになった場合、店舗マネージャーが対応する体制があった。
  • 店舗マネージャーが不在の場合は、エリア内の別の店舗の店舗マネージャー等が対応する体制がとられていた。
  • 店舗マネージャー不在時にトラブルがあったときの従業員の相談窓口として、「サポートデスク」という電話相談窓口を設けていた。
  • 深夜においても各店舗2名体制とするなど、顧客トラブルへの対応を十分に行っていた。

 

【一般社団法人NHKサービスセンター事件(横浜地裁川崎支部判令和3年11月30日)】

裁判所が会社の安全配慮義務違反を否定し、賠償責任を認めなかった理由として、会社が次のような対応を取っていたことが判断材料となりました。

  • 上司らが通話を順次モニタリングし、わいせつ電話等、対応困難な入電がないか常にチェックしていた。
  • ルールを策定して周知し、わいせつ電話は転送を認めていた。
  • 同一人物からの同日2回目以降のわいせつ電話に対してはコミュニケーターの判断により即切断可能としていた。
  • 視聴者が大声を出した場合はヘッドセットを外したり、転送をしたりする対応を認めていた。
  • 同一人物から1100件を超えるような入電があった場合には、自動音声に切り替えることを認めていた。
  • 転送を受けた上司が今後架電しないよう抗議したり、電話を代わって注意していた。
  • 専門のカウンセラーによるメンタルヘルス相談やカウンセリングを受けられるようになっていた。
  • 毎年ストレスチェックを実施し、高ストレスと判定された場合、希望により面接指導も受けることができるようになっていた。

 

このような裁判例から、企業には①適切な対応体制の整備、②従業員への教育・研修、③事案発生時の適切な対応、④再発防止策の実施といった、組織的な取り組みが求められていることが分かります。

 

まとめ

本コラムでは、経営者の皆様に向けて、カスハラの定義、企業に求められる対策、発生時の対応について解説しました。

カスハラとは、顧客等からのクレームや言動のうち、その要求実現のための手段・態様が社会通念上不相当であり、労働者の就業環境を害するものを指します。時間拘束型、暴言型、暴力型など様々な類型があり、従業員の心身への影響だけでなく、企業の法的リスクやブランドイメージにも大きな影響を及ぼす可能性があります。

企業に求められる対策としては、以下の4つが重要です。

  1. 事前防止策の整備
  2. 相談対応体制の構築
  3. 従業員教育・研修の実施
  4. 具体的な対応マニュアルの作成

実際の裁判例からも、適切な対応体制の整備や従業員教育が企業の安全配慮義務履行の重要な判断要素となることが示されています。企業は従業員を守る姿勢を明確にしつつ、組織的な取り組みを進めることが求められます。

カスハラ対策は単なる法的リスク対策にとどまらず、働きやすい職場づくりと企業の持続的な成長のために不可欠な経営課題です。当事務所では、カスハラに関する研修やマニュアル整備も承っております。カスハラへの対応や社内体制の整備でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。

 

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