発信者情報開示請求の期限|ログ削除のリスク
文責:弁護士 野上 晶平
発信者情報開示請求における「ログ保存」の壁
インターネット上で企業のブランドや経営者・従業員の名誉を傷つける誹謗中傷が書き込まれた場合、匿名の投稿者を特定して法的措置を取りたいと考える方は少なくありません。しかし、この匿名の投稿者を特定するための手続き(発信者情報開示請求)には「ログ保存期間」という技術的な壁が存在します。物理的に証拠が消滅してしまうこの問題を理解していないと、たとえ権利侵害が明らかであっても、投稿者を特定できない事態に陥ってしまうのです。
なぜログは消えるのか
ログとは、インターネット上での通信記録のことを指します。具体的には、誰がいつどのIPアドレス(※インターネット上の住所のようなもの)を使ってインターネットに接続したかという記録です。このログがあって初めて、匿名の投稿者を特定することが可能になります。
それでは、なぜこのログは消えてしまうのでしょうか。理由は主に2つあります。
1つ目は、通信事業者(プロバイダ)が保管するサーバーの容量に限界があるためです。膨大な数の利用者の通信記録を永久に保存し続けることは、技術的にもコスト的にも現実的ではありません。そのため、プロバイダは一定期間が経過したログを自動的に削除する仕組みを採用しています。
2つ目の理由は、個人情報保護の観点です。通信の秘密は憲法でも保障された重要な権利であり、必要以上に長期間ログを保存することは利用者のプライバシーを侵害する恐れがあります。
したがって、プロバイダは、総務省から出ている要請(通信履歴の保存の在り方に関する要請)などを守れる範囲内で、できるだけ短い期間でログを削除する運用を行っているのです。
ログ保存期間の実態
ログの保存期間は、プロバイダによって大きく異なります。一般的には3ヶ月程度で削除されることが多いですが、中には1ヶ月から2ヶ月という短期間で削除するプロバイダも存在します。また、海外のSNSやサービスの場合、さらに短い期間でログが削除されることもあります。
ここで経営者の方に特に注意していただきたいのは、ログの保存期間は法律で統一されているわけではないという点です。つまり、どのプロバイダを経由した投稿なのかによって、対応可能な期間が変わってくるのです。さらに厄介なことに、ログ保存期間は各プロバイダの内部規定であり、外部から正確な期間を知ることは困難です。
加えて、ログには複数の種類があります。掲示板やSNSの運営会社(コンテンツプロバイダ)が保有するログと、投稿者が契約しているプロバイダ(アクセスプロバイダ《NTT・ソフトバンクなど》)が保有するログは別物です。投稿者を特定するためには、両方のログが必要になります。
ログが削除されると何が起きるのか
ログが削除されてしまうと、どれだけ明らかな権利侵害があったとしても、投稿者を特定することは事実上不可能になります。これは、時効とは全く別の問題です。時効は法的な請求権の消滅ですが、ログの削除は物理的な証拠の消失を意味します。
具体的には、ログが削除された後に発信者情報開示請求の手続きを始めても、プロバイダから「該当するログは既に削除済みのため開示できません」という回答が返ってくるだけです。裁判所が開示を命じたとしても、存在しないデータを開示することはできません。つまり、対応が遅れたことで、法的措置を取る権利そのものが失われてしまうのです。
企業の評判管理という観点から見ても、これは深刻な問題です。悪質な誹謗中傷により売上が減少したり、取引先との関係に悪影響が出たりしても、投稿者を特定できなければ損害賠償を請求することもできません。
発信者情報開示請求にかかる期間
開示請求の流れと必要な期間
発信者情報開示請求の手続きは、大きく分けて2つの段階に分かれます。第1段階は、掲示板やSNSなどのサービス運営者(コンテンツプロバイダ)に対して、投稿に使用されたIPアドレスの開示を求める手続きです。この段階では、裁判所に仮処分を申し立てることになります。仮処分とは、通常の裁判よりも迅速に決定を得られる手続きのことです。
第1段階の仮処分申立てでは、権利侵害があったことを証明する必要があります。したがって、投稿内容のスクリーンショットや、権利侵害の具体的な内容を説明する書面などを裁判所に提出します。裁判所が「確かに権利侵害がある」と判断すれば、サービス運営者に対してIPアドレスの開示を命じる決定が出されます。この第1段階には、案件にもよりますが、通常2週間から1ヶ月程度の期間がかかります。
第2段階は、開示されたIPアドレスから特定したアクセスプロバイダに対して、投稿者の氏名や住所などの個人情報の開示を求める手続きです。この段階では、仮処分ではなく通常の訴訟を提起することが一般的です。訴訟では、相手方であるプロバイダや投稿者本人が反論する機会が設けられるため、仮処分よりも時間がかかります。
第2段階の訴訟では、複数回の期日が開かれ、双方が主張や証拠を提出します。相手方が国内のプロバイダである場合、比較的スムーズに進むこともありますが、海外のプロバイダが相手の場合は、訴状の送達だけでも数ヶ月かかることがあります。また、投稿者本人が訴訟に参加して争う姿勢を見せた場合、さらに長期化する可能性があります。このような事情から、第2段階には6ヶ月から9ヶ月程度の期間を要することが多いです。
※コンテンツプロバイダへの開示請求について
2022年の法改正で、発信者の情報開示を求める際に、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダの2つの事業者に同時に手続きを進めることができる提供命令が新設されましたが、コンテンツプロバイダ側(特に海外サイトの場合)の整備が追いついていない場合もあり、情報提供に時間がかかったり、後述するログデータの保存が後回しになったりとデメリットもあるので状況に合わせて手段を選択する必要があります。
ログが消える前に必要な仮処分手続き
ここで重要なのは、前述のログ保存期間との関係です。発信者情報開示請求には10ヶ月前後かかるにもかかわらず、プロバイダのログは3ヶ月程度で削除されてしまいます。この矛盾を解決するために、IPアドレスの開示を求める仮処分と同時に、ログの保存を求める仮処分(発信者情報消去禁止仮処分)も申し立てる必要があります。
発信者情報消去禁止仮処分では、裁判所がプロバイダに対して「該当するログを削除せずに保存しておくように」という命令を出します。これにより、通常であれば3ヶ月で削除されてしまうログを、開示請求の手続きが終わるまで保存しておくことができるのです。
しかし、ログ保存の仮処分を申し立てるためには、まずIPアドレスが何であるかを特定する必要があります。IPアドレスの開示を受けるための仮処分申立てから第1回期日の設定、審理、決定の発令、実際の開示まで、どうしても一定の時間がかかります。仮に投稿日から2ヶ月半が経過した時点で弁護士に相談した場合、IPアドレスの開示を受けてログ保存の仮処分を申し立てる頃には、既にログが削除されてしまっている可能性があります。
なお、実務上は任意で保存措置を取るアクセスプロバイダも多く、非協力的なアクセスプロバイダに対してのみ、発信者情報消去禁止仮処分(または2022年の法改正で新設された発信者情報消去禁止命令)を申し立てるなど活用の場面が限定的になってきています。
開示請求はいつ始めるべきか
投稿から3週間以内が着手の目安
当事務所では、誹謗中傷などの権利侵害投稿を発見した場合、投稿された日から起算して「3週間以内」に弁護士への相談および手続きの着手を行うことを強く推奨しています。「3ヶ月もログが残っているなら、1ヶ月後や2ヶ月後でも間に合うのではないか」と思われるかもしれませんが、それは大変危険な判断です。
なぜなら、弁護士に依頼してから即日に開示命令が出るわけではないからです。まず、被害状況をヒアリングし、証拠となるスクリーンショットやURLを整理し、法的な主張を構成した申立書を作成するのに数日を要します。次に、申し立てを行った後、裁判所が権利侵害の有無を審理し、開示の必要性を判断します。その後、裁判所が開示を命じる決定を出し、実際にコンテンツプロバイダからIPアドレスが開示されるまでに、また数日が必要です。この裁判所の手続きだけでも数週間がかかるのです。
3週間を過ぎたからといって直ちに不可能になるわけではありませんが、初動が遅くなれば遅くなるほど、ログ削除のリスクが高まります。だからこそ「誹謗中傷などの権利侵害投稿を発見したときには早く動くべき」ということを理解しておいてください。
ログ保存期間を考慮した対応スケジュール
ログ保存期間を考慮した理想的な対応スケジュールは、以下の通りです。まず、権利侵害投稿を発見した時点で、直ちに証拠保全を行います。具体的には、投稿内容のスクリーンショットを撮影し、URLやタイムスタンプ(投稿された日時)などの情報も記録しておきます。この作業は、投稿が削除される前に行う必要があります。
証拠保全が完了したら、できる限り早く弁護士に相談することをおすすめします。弁護士は、事案の内容を精査し、発信者情報開示請求(権利侵害)が認められる可能性を判断します。また、裁判所に提出する書面の作成や証拠の整理など、専門的な作業は弁護士に任せることで、スピーディな対応が可能になります。
そして、投稿日から3週間以内には裁判所に申立を行い、第1回期日を設定してもらいます。順調に進めば、投稿日から1ヶ月から1ヶ月半程度でIPアドレスの開示を受け、アクセスプロバイダへの発信者情報開示を申し立てることができます。この時点であれば、ログ保存期間が3ヶ月のプロバイダであっても、まだ十分に間に合う可能性が高いです。
ただし、これはあくまで理想的なスケジュールです。実際には、裁判所の期日調整の都合や、相手方の対応によって、予定通りに進まないこともあります。したがって、少しでも早く動き始めることが、成功率を高める鍵となります。
開示請求成功後の時効にも注意が必要
刑事告訴(親告罪)の期限は犯人特定から6ヶ月
インターネット上の誹謗中傷は、内容によっては名誉毀損罪(刑法第230条)や侮辱罪(刑法第231条)といった犯罪に該当します。これらの犯罪は「親告罪」と呼ばれ、被害者からの告訴がなければ検察官が起訴することができません。そして、親告罪には「犯人を知った日から6ヶ月以内」という告訴期限が法律で定められています(刑事訴訟法第235条)。
ここで注意が必要なのは、起算点が「投稿日」ではなく「犯人を知った日」であるという点です。発信者情報開示請求により投稿者の氏名や住所が判明した日が、「犯人を知った日」となります。したがって、開示を受けてから6ヶ月以内に告訴状を警察に提出しなければ、刑事告訴の機会を失ってしまいます。
刑事告訴を行う場合、警察に告訴状を提出することになります。告訴状には、告訴人や被告訴人の情報、告訴の理由、犯罪事実、証拠などを記載する必要があります。警察が告訴状を受理すると、捜査が開始され、最終的には検察官が起訴するかどうかを判断します。
企業の経営者としては、刑事告訴により投稿者に刑事責任を負わせることで、再発防止の効果を期待することができます。また、起訴されて有罪判決が出れば、民事の損害賠償請求においても有利な証拠となります。ただし、告訴期限の6ヶ月は意外と短い期間ですので、開示請求の手続きが終わったら、速やかに刑事告訴を検討する必要があります。
損害賠償請求の時効は犯人特定から3年
誹謗中傷により企業の評判が傷つけられ、売上が減少したり、取引先との関係に悪影響が出たりした場合、投稿者に対して損害賠償を請求することができます。この損害賠償請求権には、民法で定められた時効があります。具体的には、「損害及び加害者を知った時から3年間」で時効にかかります(民法第724条第1号)。
ここでも、起算点は「投稿日」ではなく「加害者を知った時」、つまり発信者情報開示請求により投稿者が判明した日です。開示を受けてから3年以内に損害賠償請求を行わなければ、時効により請求権が消滅してしまいます。刑事告訴の6ヶ月に比べれば3年という期間は長く感じられるかもしれません。しかし、企業の損害賠償請求においては、損害額の算定や、風評被害による売上減少の立証などに時間を要するケースが多くあります。これらの損害を具体的な金額で立証することは容易ではありません。したがって、損害賠償請求においては、法律の専門家である弁護士に相談し、適切な請求額を算定することが重要です。
公訴時効も意識すべきケース
刑事告訴とは別に、「公訴時効」という概念もあります。公訴時効とは、犯罪行為が行われた時から一定期間が経過すると、検察官が起訴できなくなるという制度です。親告罪の告訴期限は「犯人を知ってから6ヶ月」ですが、公訴時効は「犯罪行為の時から」カウントされます。
刑事の公訴時効は、犯罪の重さ(法定刑)によって期間が変わり、名誉毀損罪や侮辱罪の公訴時効は3年です(刑事訴訟法第250条)。したがって、投稿日から3年が経過すると、たとえ告訴期限内に告訴したとしても、公訴時効により起訴できなくなってしまいます。
もっとも、通常の発信者情報開示請求であれば数年かかることは稀ですが、複雑な海外経由の事案などでは注意が必要です。いずれにせよ、あらゆる「期限」の観点から、対応を先送りするメリットは何一つないということをご理解いただければと思います。
ログ削除のリスクを回避するために弁護士へ相談を
ここまで解説してきたように、発信者情報開示請求にはログ保存期間という技術的な制約があり、さらに開示成功後も告訴期限や時効という法的な期限が存在します。これらの期限をクリアするためには、専門家である弁護士のサポートが不可欠です。
スピード対応による証拠保全
発信者情報開示請求において最も重要なのは、スピード対応です。前述の通り、ログは想像以上に早く削除されてしまうため、1日でも早く手続きに着手することが成功の鍵となります。しかし、法的手続きに不慣れな経営者の方が、自力で証拠を収集し、書面を作成し、裁判所に申立てを行うことは、現実的ではありません。
ネット上のトラブルに精通した弁護士であれば、権利侵害の有無を迅速に判断し、必要な証拠を効率的に収集することができます。また、裁判所に提出する書面の作成や、期日における主張立証も、経験豊富な弁護士に任せることで、手続きをスムーズに進めることができます。
さらに、弁護士はログ保存期間やプロバイダの対応について、豊富な実務経験を持っています。どのプロバイダがどれくらいのログ保存期間を採用しているか、どのような手続きが最も効果的か、といった実践的なノウハウを活用することで、限られた時間の中で最善の対応を取ることが可能になります。
経営への影響を最小限に抑える
企業の経営者にとって、誹謗中傷への対応に時間を取られることは、本業に支障をきたす原因となります。また、投稿者との直接交渉や裁判所への出頭など、精神的な負担も小さくありません。弁護士に対応を任せることで、これらの負担を大幅に軽減することができます。
弁護士は、依頼者の代理人として、相手方との交渉や裁判所での手続きをすべて代行します。したがって、経営者の方は通常業務に集中しながら、必要に応じて弁護士から報告を受けるだけで済みます。
さらに、弁護士は損害賠償額の算定や示談交渉においても、専門的な知見を活用して適切な解決を図ります。不当に低い金額で妥結したりすることなく、法的に妥当な範囲での解決を目指すことができます。
誹謗中傷への対応が遅れれば遅れるほど、企業の評判へのダメージは拡大し、事業への悪影響も深刻化します。また、ログが削除されてしまえば、法的措置を取る機会そのものが失われてしまいます。インターネット上で自社や自社製品に対する誹謗中傷を発見した際には、まずは速やかに弁護士に相談されることを強くおすすめいたします。
まとめ
インターネット上の誹謗中傷に対して発信者情報開示請求を行うためには、ログ保存期間という技術的な壁を乗り越える必要があります。プロバイダのログは一般的に3ヶ月程度で削除されてしまうため、投稿日から3週間以内には手続きに着手することが重要です。この期間を過ぎてしまうと、どれだけ明らかな権利侵害があったとしても、物理的にログが消失して投稿者を特定できなくなってしまいます。
また、発信者情報開示請求に成功した後も、刑事告訴は犯人特定から6ヶ月以内、損害賠償請求は3年以内という時効があります。さらに公訴時効も存在するため、あらゆる面で迅速な対応が求められます。
企業の評判や信用は、経営の根幹に関わる重要な資産です。誹謗中傷への対応が遅れれば遅れるほど、ダメージは拡大し、事業への悪影響も深刻化します。ネット上のトラブルに精通した弁護士であれば、ログ保存期間を意識した迅速な対応と、複雑な法的手続きを経営者に代わって進めることが可能です。
インターネット上での誹謗中傷や風評被害でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。












